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<title>幾千の物語</title>
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<modified>2011-11-27T17:03:59Z</modified>
<tagline>小説他作品集</tagline>
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<copyright>Copyright (c) 2011, 千歳</copyright>
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<title>うさぎの気持ち</title>
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<modified>2011-11-27T17:03:59Z</modified>
<issued>2011-11-20T08:24:40Z</issued>
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<created>2011-11-20T08:24:40Z</created>
<summary type="text/plain"> 　われは天使。 　背中に白き翼、頭上に輝く光輪を持つ神の使いである。 　しかし故(ゆえ)あって、いまは一羽のうさぎでしかない。 　神の不興を買い、姿をうさぎに変えられ、下界に墜(お)とされてしまったのだ。 　下界の者たちの悲しみ、苦しみを理解せず、真摯(しんし)な祈りを軽視していると、神はわれに仰(おお)せられた。 「お許しください！」 　天に向かって必死で訴えるが、耳を貸してはくださらない。 ...</summary>
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<name>千歳</name>
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<dc:subject>080_ショートショート</dc:subject>
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<![CDATA[<span style="font-family:'ＭＳ Ｐ明朝','平成明朝',serif;">
<br/>
　われは天使。<br/>
　背中に白き翼、頭上に輝く光輪を持つ神の使いである。<br/>
<br/>
　しかし故(ゆえ)あって、いまは一羽のうさぎでしかない。<br/>
　神の不興を買い、姿をうさぎに変えられ、下界に墜(お)とされてしまったのだ。<br/>
　下界の者たちの悲しみ、苦しみを理解せず、真摯(しんし)な祈りを軽視していると、神はわれに仰(おお)せられた。<br/>
<br/>
「お許しください！」<br/>
<br/>
　天に向かって必死で訴えるが、耳を貸してはくださらない。<br/>
<br/>
「その姿で生き、弱き者の気持ちを知るがよい」<br/>
<br/>
　神はただひと言そう宣(のたま)い、それ以上はもう、なにも応えてはくださらない。<br/>
　経験上、こうなったときの神はもう駄目だ。なに言っても聞いちゃくれない。<br/>
　それでも、叫ばずにはいられなかった。<br/>
<br/>
「神よ！」<br/>
<br/>
　翼を羽ばたかせているつもりが、実際にパタパタ動いているのは翼でなく耳だと気づき、愕然(がくぜん)とする。<br/>
　なんということだ。<br/>
　あの気高き姿は見る影もなく、いまやただの小動物である。<br/>
　パタパタ動かしていた耳をだらりと下げ、われはうなだれた。<br/>
<br/>
　……こうなれば神のご意志に従い、弱きものとして生きていくしかあるまい。<br/>
<br/>
　それにしてもここはどこだ。<br/>
　改めてあたりを見まわす。<br/>
　アスファルトで舗装された道の真ん中に、われは立っていた。<br/>
　ひとまず、今すぐどこかに身を隠さねば。<br/>
　弱肉強食の世界において、いまのわれは被食者でしかない。<br/>
　このまま突っ立っていても捕食されるだけだ。<br/>
　そう思い、いちばん近くの草むらに移動しようとしていたそのときだった。<br/>
<br/>
「え、ノラうさぎ？」<br/>
<br/>
　慌てて声がしたほうを振り向くと、ひとりの人間が、われを見おろしていた。<br/>
　女である。年の頃は二十歳前後といったところであろう。<br/>
　被食者の本能により、一目散に逃げようとしたこのからだを、われは意志の力でその場にとどめた。<br/>
<br/>
　ちょうどよいではないか。<br/>
<br/>
　見たところ、都会の娘のようだ。<br/>
　よもや、われを捕まえ捌(さば)き煮炊きして、夕餉(ゆうげ)の一品にしようなどとは考えまい。<br/>
　それに、この天使印のかわいさをもってすれば、このような娘を虜(とりこ)にすることなど容易。<br/>
　われは耳をフルフル震わせながら、つぶらな瞳で娘を見あげ、小首を傾(かし)げてみせた。<br/>
<br/>
「かわいい！」<br/>
<br/>
　娘は歓呼(かんこ)の声をあげてしゃがみ込んだ。そして怖がらせないようにという配慮(はいりょ)だろう、しゃがんだまま、ゆっくり近づいてくる。<br/>
　手が伸びる。このモフモフとしたからだを、そっと抱き寄せた。<br/>
<br/>
「どうしたの？　迷子になったの？　――かわいそうに」<br/>
<br/>
　フワリ。<br/>
　われの頭を撫(な)でる手の優しさに、うさぎが本来持つ被食者としての本能も、どうやら安心したらしい。からだの震えがだんだん納まっていく。<br/>
<br/>
「――ね、うちにくる？」<br/>
<br/>
　よしきたミッションコンプリート！<br/>
　目を細め、フンフンと鼻を鳴らしながら大いに満足する。<br/>
　われの愛らしさにかかればこんなものだ。<br/>
　……しかし頭を撫(な)でられるというのは、思いのほか気持ちのよいものなのだな。<br/>
<br/>
　かくてこの娘は、世界でただひとり、天使をペットに持つ人間となったのである。<br/>
<br/>
<br/>
　　　＊<br/>
<br/>
<br/>
　ペットとしての暮らしは、まあ悪くはなかった。<br/>
<br/>
　娘は動物をそれなりに飼い慣れているらしく、食事もうさぎの食べるものをきちんと用意してきたし、水も欠かさず、トイレもこまめに掃除した。<br/>
　ケージの中に閉じ込められていることが不満ではあったが、かよわいうさぎを飼う側としては当然の判断であろうから仕方がない。<br/>
<br/>
「ただいまー」<br/>
<br/>
　家に帰ってきては、ケージからわれを取り出して頭を撫(な)でたり、ほほをすり寄せたりしてくるこの時間も、嫌いではなかった。<br/>
<br/>
　ある日、娘がわれをケージから出しっぱなしのままにしていたことがあった。<br/>
　気ままに部屋のなかを散策していたわれだったが、やがてそれにも飽いて、娘のもとにピョンピョンと跳ねる。<br/>
<br/>
　クフフ。このように跳ねる姿、さぞかし愛くるしいだろう、娘よ。<br/>
さあ、抱きかかえるがよい。そしてわれの頭を撫(な)でよ。<br/>
<br/>
　――む。なんだ、寝てるではないか。<br/>
　つまらん。<br/>
　不満に思いながら、ふと、娘の無防備な寝顔をまじまじと眺めた。<br/>
<br/>
　人間。――神が、自らをかたどって作られた存在。<br/>
<br/>
　下界では生態系の頂点に君臨しているが、天界から見おろす彼らはやはり儚(はかな)く、かよわき存在でしかない。<br/>
　そう、彼らは弱い。ひとにとっての、うさぎのように。<br/>
<br/>
「その姿で生き、弱き者の気持ちを知るがよい」<br/>
<br/>
　あの日、神から賜(たまわ)ったお言葉を思いだす。<br/>
<br/>
　――神よ。<br/>
<br/>
　あなたがわれに教えんとされたのは、この心細さでしょうか。<br/>
　確かにこの娘がいなければ、このような脆弱な身など、とうの昔に獣の餌食にでもなっていたでしょう。<br/>
<br/>
　――ふと、娘の閉じたまぶたから、涙がこぼれ落ちていることに気づいた。<br/>
　なにか嫌なことでもあったのだろうか。または、悲しい夢でも見ているのか？<br/>
　……ふん、仕方のないやつだ。<br/>
<br/>
「泣くな、娘よ」<br/>
<br/>
　われは直接、娘の魂にささやきかけた。<br/>
　うさぎの身にあって、ほとんどなんの力も持たないわれであるが、娘が寝ている状態であればそれくらいのことはできた。<br/>
<br/>
「この下界での苦しみなど、どうということもない。輪廻(りんね)を繰り返す魂にとっては所詮(しょせん)、生まれてはすぐ消えゆく泡沫(うたかた)のようなものでしかないのだから」<br/>
<br/>
「うーん」<br/>
<br/>
　娘が眉を寄せた。<br/>
　ううむ。この娘には、ちと難しい話だったか……。<br/>
　さてどうしてくれようと悩んでいたところ、今度はむずがゆそうな顔をした。近づきすぎて、われの愛らしいひげが鼻をくすぐったらしい。<br/>
　慌てて下がると、寝ぼけた娘が手をさしのべて、われのからだを強く抱きしめる。<br/>
<br/>
　むむ。こら、そんなにしては苦しいではないか。<br/>
　逃れようと四肢をバタバタさせるが、娘の力のほうが強く抜け出せない。<br/>
　――と、急にその腕の力がほどけ、優しくなった。抜け出すのも容易なほどに。<br/>
　娘が、寝言でわれの名を呼んだ。<br/>
　そして、満足そうな吐息(といき)。<br/>
<br/>
　……本当に仕方のないやつだ。<br/>
　あたたかく、やわらかな腕と胸の間で、われもそのまま眠りについた。<br/>
<br/>
<br/>
　　　＊<br/>
<br/>
<br/>
　そのような穏やかな日々が過ぎていくなかで、われの存在は、静かに娘の生活の一部になっていった。<br/>
　そうだな、認めてもいいだろう。<br/>
　それは天使として――神の使いとしてあったわれが、これまで感じたことのない種類の、喜びの日々であったと。<br/>
<br/>
　しかし、その日は訪れた。<br/>
　かりそめのこの肉体が、このところ徐々に力をなくしていっていることには気づいていた。<br/>
　だが、まだ時間はあるだろうと、きょうのきょうまで高(たか)を括(くく)ってしまっていた。<br/>
　うさぎに許された時間は、悠久(ゆうきゅう)の時を神の御許(みもと)で過ごしてきたわれにとり、あまりにも短すぎたのである。<br/>
<br/>
　からだを動かすこともかなわず、浅い呼吸を弱々しく繰り返すばかりのわれを、優しい手がなでている。<br/>
　うさぎのつぶらな瞳は、本来の用をなさずなにも映せず、娘の顔を見ることもできない。<br/>
　しかし実際に見ずとも、どのような表情(かお)をしているかはわかっていた。<br/>
<br/>
　天使にとって一瞬でも、うさぎにとっては、生涯に渡る時間だった。<br/>
　その間、ずっと一緒だったのだ。<br/>
　わかっている。娘の気持ちも。その手が震えていることにも。<br/>
<br/>
　われは悔やむ。<br/>
<br/>
　この心優しい娘を、少しでも悲しませないようにする方法は、いくらでもあったはずだ。<br/>
　だのにいまや打つ手もなく、これほどまでに悲しい気持ちにさせてしまっている。<br/>
<br/>
「ごめんね、なにもしてあげられなくて」<br/>
<br/>
　娘が、泣いているとわかる声で話しかけてくる。<br/>
<br/>
　そんなことはない、娘。<br/>
　幸せだった。<br/>
　これ以上は望めないほどに、われは幸福なうさぎだったぞ。<br/>
<br/>
　そう言ってやりたいのに、この身では伝えることもできない。<br/>
<br/>
「その姿で生き、弱き者の気持ちを知るがよい」<br/>
<br/>
　まさに命の灯火(ともしび)が吹き消されんとするその時、ようやくわれは神のご意志を理解した。<br/>
　神はわれに、弱き者の心細さを教えんとされていたのではなかったのだ。<br/>
<br/>
　愛する者に、<br/>
　言葉をかけ安心させてやることも、<br/>
　そっと抱きしめてやることも、<br/>
　優しく頭を撫(な)でてやることも、<br/>
　なにひとつ、このからだではできない。<br/>
<br/>
　そうだ。そのような無力な者の気持ちを、神は知れと。<br/>
　このうさぎの気持ちを知れと、そう、神はお望みだったのだ。<br/>
<br/>
　われは祈った。ほかに、なにもできないが故(ゆえ)に。<br/>
<br/>
　――どうかこの娘が、幸せでありますように。<br/>
<br/>
　うさぎの命が絶えると同時に、われは神の御許(みもと)にまかりこしていた。<br/>
　頭上には輝かしき光輪。背中には気高き翼。<br/>
　ついに許しを得て、元のからだに戻ったのである。<br/>
<br/>
　神の声なき問いかけに、われは答えた。<br/>
<br/>
「ひとつだけ」<br/>
<br/>
　神がうなずいてくださるのとほぼ同時に目を閉じる。つぎの瞬間には、われは再び娘のそばにいた。<br/>
　天使は実体を必要としない。この姿は、娘には見えない。<br/>
　ちいさな亡骸(なきがら)をいたわるように抱きしめ、われの名を繰り返し呼びながら、ただ、われのためだけに祈る娘を、背中の翼を広げ、そっとつつみこむ。<br/>
<br/>
「泣くな、娘よ」<br/>
<br/>
　人間の聴覚には届かない声で、魂に向けささやく。<br/>
　撫(な)でるように、頭に手を置いた。<br/>
<br/>
「われは、いつでもそなたと共にいる」<br/>
<br/>
　だから娘よ。もう泣くな。<br/>
　そなたはこれからも、愛され続けるだろう。<br/>
　ずっと、幸せであるだろう。<br/>
<br/>
　われがそなたに愛され、とても、幸せであったように。<br/>
<br/>
</span>]]>

</content>
</entry>
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<title>HEAVYな涙</title>
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<modified>2011-11-20T13:22:15Z</modified>
<issued>2011-10-30T06:23:01Z</issued>
<id>tag:www.cnovels.com,2011://2.18588</id>
<created>2011-10-30T06:23:01Z</created>
<summary type="text/plain"> 　心優しい毒蛇ヘビーは、とある森に住んでいます。 　クマさえもひと咬みで殺してしまえる猛毒を持つヘビーを、森の動物たちは敬遠していました。 　だけど、そんなヘビーに仲良くしてくれる動物もいました。 　タヌキのポン吉は、ヘビーの幼なじみ。 　ちっちゃなころから、いっしょに果物を採ったり、ネズミ狩りをしたり、二匹はとても仲良しでした。 　ある日のことです。 　ヘビーは、ポン吉の前肢をカプリと咬んでし...</summary>
<author>
<name>千歳</name>
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<email>ckotoba@gmail.com</email>
</author>
<dc:subject>080_ショートショート</dc:subject>
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<![CDATA[<span style="font-family:'ＭＳ Ｐ明朝','平成明朝',serif;">
　心優しい毒蛇ヘビーは、とある森に住んでいます。<br/>
　クマさえもひと咬みで殺してしまえる猛毒を持つヘビーを、森の動物たちは敬遠していました。<br/>
<br/>
　だけど、そんなヘビーに仲良くしてくれる動物もいました。<br/>
　タヌキのポン吉は、ヘビーの幼なじみ。<br/>
　ちっちゃなころから、いっしょに果物を採ったり、ネズミ狩りをしたり、二匹はとても仲良しでした。<br/>
<br/>
　ある日のことです。<br/>
　ヘビーは、ポン吉の前肢をカプリと咬んでしまいました。<br/>
　ポン吉と夢中になってネズミを追い込んでいたときに、ネズミと前肢を間違えてしまったのです。<br/>
<br/>
「あ、ごめん！」<br/>
<br/>
　慌てて前肢から牙を抜いて、謝ります。<br/>
　返事はありません。<br/>
　ポン吉は、すでに死んでしまっていました。<br/>
<br/>
「父ちゃんを返せ！」<br/>
<br/>
　ポン吉のお墓の前で泣いていたヘビーに、ちっちゃなタヌキが叫びます。<br/>
　ポン吉の息子のポン太です。<br/>
<br/>
「ごめんポン太、ぼく……」<br/>
<br/>
　泣きながら、ヘビーはシャーと口を開きます。<br/>
<br/>
「ワアァ！」<br/>
<br/>
　その静かな泣き声があまりに恐ろしかったのでしょう。	<br/>
　ポン太は、転がるように逃げていきました。<br/>
<br/>
　ヘビーは自分自身を呪いました。<br/>
　こんな毒なんて、いらなかった。<br/>
　ぼくがせめて、毒のないただの蛇だったら、いまでもポン吉といっしょに、ネズミを狩れてたはずなのに。<br/>
<br/>
　カプリ。<br/>
<br/>
　思いつめたヘビーは、ついに自分で自分を咬んでしまいました。<br/>
<br/>
　意識が戻って、ヘビーは、自分が死んでいないことに気づきました。<br/>
　毒に耐性があったため、死ぬことができなかったのです。<br/>
　シャーと、ヘビーはまた泣きました。<br/>
　神様！　どうしてぼくに、毒を与えたんですか？　どうしてぼくには手足がないんですか？<br/>
　にょろにょろと長い体に固いうろこはみんなから気持ち悪がられるし、目から流れる涙は雨のように冷たい。<br/>
　こんなふうに、ぼくは生まれたくなかった。こんななら、生まれてこなければよかった！<br/>
<br/>
「せめて……せめてぼくから、この冷たい涙を取ってください。もう悲しい思いを抱えるのはイヤなのです」<br/>
<br/>
　その悲痛な訴えを、神様は聞いていました。<br/>
<br/>
「かわいそうに」<br/>
<br/>
　静かにヘビーに語りかけます。<br/>
<br/>
「よし。そなたの願いを聞き入れ、もう二度と、涙を流すことなどないようにしてやろう」<br/>
<br/>
　と、気がつけば、ヘビーの目から、涙が消えていました。<br/>
　神様が願いを叶えてくださったのです。<br/>
<br/>
「あれ。ぼく、なんで泣いてたんだっけ？」<br/>
<br/>
　口を閉じ、二股に分かれた舌をチロチロと出しながら、不思議がります。<br/>
　さっきまでの、この世界から消えてなくなりたいという絶望的な気持ちも、すっかりなくなっていました。<br/>
<br/>
　それからというもの、ヘビーは、二度と悲しい思いを抱かなくなりました。<br/>
　当然目から涙がこぼれることもありません。<br/>
　悲しみから解き放たれた日々のはじまりです。<br/>
　数日後、カエルを呑みこみながら、ヘビーは気づきました。<br/>
<br/>
「こんなに大きなカエルを捕まえたのに、昔みたいにうれしくないな」<br/>
<br/>
　喜びもワクワクもなく、心にあるのは静かな満足感だけ。<br/>
　――そう。<br/>
　神様は、ヘビーから悲しみといっしょに、喜びの感情も奪っていったのです。<br/>
　涙は悲しみと喜びから生まれるもの。涙を取り除いた、それが代償でした。<br/>
<br/>
　だけど、ヘビーはそれを悲しくは思いませんでした。<br/>
　悲しみを感じる心は、もうなくなっていましたから。<br/>
<br/>
　手足のない長い体に、固いうろこ。二股に分かれた舌に、鋭利なまなざし。<br/>
　森のどんな大きな動物も恐れる、猛毒の牙。<br/>
　そんな自分にお似合いの、冷たい心を、ぼくは手に入れたんだ。<br/>
<br/>
　満足な日々の中で、それでもたまに、ポン吉を思いだすことがあります。<br/>
<br/>
「なんで、こんな記憶を、ぼくはいつまでも心に残してるんだろう」<br/>
<br/>
　ヘビーにとっても不思議でしたが、それでもなぜか、ポン吉といっしょにネズミを捕った記憶を、消し去る気にはなれません。<br/>
　無機質な心の片隅に、大事にしまい続けました。<br/>
<br/>
　星降る夜、木の穴にもぐり眠りにつきながら、今夜もまたなぜか、あの夢を見ます。<br/>
<br/>
　捕まえた二匹のネズミ。<br/>
　ポン吉と笑いあいながら、なぜかすこし泣いているぼく。<br/>
<br/>
　実際には、二度と流せない涙を、<br/>
　もう二度と目にできない、ポン吉の笑顔を、<br/>
　こうやって見ることのできる夢の中だけが、毒蛇ヘビーに残された、安らぎの場所――<br/>
　いまとなっては、この世界にたったひとつだけの、大切な、心の置き場所なのです。<br/>
<br/>
</span>]]>

</content>
</entry>
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<title>eve Love - 2010 version</title>
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<modified>2011-02-16T20:02:44Z</modified>
<issued>2010-12-24T09:00:00Z</issued>
<id>tag:www.cnovels.com,2010://2.18586</id>
<created>2010-12-24T09:00:00Z</created>
<summary type="text/plain"> 作詞・作曲・歌：lyuko 編曲：鈴木恵一 眠れなくて音楽を聴いてた 懐かしいかおりがしてる 子供のころよくかいでたあのかおり 眠れない記憶 いまごろもう　きっと夢をみてるから わたしはひとり　すこし前のメールを眺めてる ねえ　あなたはどんなあしたをプレゼントしてくれるのかな はじめてのChristmasEve　 きれいなillumination　 なのにねえなんでわかってくれないの 星空がみつ...</summary>
<author>
<name>千歳</name>
<url>http://www.ckotoba.com/</url>
<email>ckotoba@gmail.com</email>
</author>
<dc:subject>220_楽曲</dc:subject>
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<![CDATA[<span style="font-family:'ＭＳ Ｐ明朝','平成明朝',serif;">
作詞・作曲・歌：lyuko<br>
編曲：鈴木恵一<br>
<br>
<br>
眠れなくて音楽を聴いてた<br>
懐かしいかおりがしてる<br>
子供のころよくかいでたあのかおり<br>
眠れない記憶<br>
<br>
いまごろもう　きっと夢をみてるから<br>
わたしはひとり　すこし前のメールを眺めてる<br>
ねえ　あなたはどんなあしたをプレゼントしてくれるのかな<br>
<br>
はじめてのChristmasEve　<br>
きれいなillumination　<br>
なのにねえなんでわかってくれないの<br>
<br>
星空がみつめてる<br>
きのうのあの夜が　<br>
いまより孤独じゃなかったと感じてしまう<br>
飾られた街並みも　楽しげな音も<br>
まぼろしみたいにすり抜けていく<br>
<br>
だけどね　きづいたの　あなたはいつも　<br>
わがままなわたしに　こたえようとしてくれていた<br>
はじめてのChristmasEve　<br>
０時の鐘の音が　イブの終わりをつげる中で<br>
抱きしめてくれた<br>
<br>
星空がみつめてる<br>
さっきまでのイブが<br>
いまはかけがえのない夜に感じてしまう<br>
MerryChristmas　MerryChristmas　<br>
すこし長いキスに涙がこぼれ落ちたの<br>
よりそったふたりの　重なる吐く息は<br>
すこしだけ空に近づいて　消えていったの<br>
<br>
覚えてる　胸にはいまでも輝く<br>
あの空と　ふたりのChristmasEve<br>
すれちがいだらけのChristmasEve<br>
忘れないあの日のChristmasEve<br>
</span>
<br />
<br />
　<span class="font_red">&#32;&#62;&#62;&#32;</span> 【<a href="http://www.youtube.com/watch?v=TbQwyWn0lCU" target="_blank">楽曲 eve Love - 2010 version を YouTube で視聴</a>】<br />
　<span class="font_red">&#32;&#62;&#62;&#32;</span> 【<a href="http://www.cnovels.com/rs/evelove.html">小説 eve Love</a>】<br />
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<title>短歌 0046 - 0050</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.cnovels.com/ks/tk0046.html" />
<modified>2010-11-14T10:43:51Z</modified>
<issued>2010-11-13T15:00:00Z</issued>
<id>tag:www.cnovels.com,2010://2.18585</id>
<created>2010-11-13T15:00:00Z</created>
<summary type="text/plain">三十一文字の作品集。</summary>
<author>
<name>千歳</name>
<url>http://www.ckotoba.com/</url>
<email>ckotoba@gmail.com</email>
</author>
<dc:subject>110_短歌</dc:subject>
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<![CDATA[<br />
[0050] 2010/11/14<br />
腹減るとないた　遊んでよとないた　か細い最期のニャーはさよなら<br />
<br />
<br />
[0049] 2010/11/13<br />
親友というにはすこしぎこちないけど友達じゃ片付けられない<br />
<br />
<br />
[0048] 2010/11/08<br />
もう好きじゃないはずなのに求め合う　見えない鎖繋がっている<br />
<br />
<br />
[0047] 2010/11/07<br />
自由だしクロはいいなというけどさ彼も愛にはしばられてるよ<br />
<br />
<br />
[0046] 2010/11/05<br />
かおりして目で追う違うそう違うあの子がここにいるはずがない<br />
<br />]]>

</content>
</entry>
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<title>短歌 0041 - 0045</title>
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<modified>2010-11-05T16:21:29Z</modified>
<issued>2010-11-04T15:00:00Z</issued>
<id>tag:www.cnovels.com,2010://2.18584</id>
<created>2010-11-04T15:00:00Z</created>
<summary type="text/plain">三十一文字の作品集。</summary>
<author>
<name>千歳</name>
<url>http://www.ckotoba.com/</url>
<email>ckotoba@gmail.com</email>
</author>
<dc:subject>110_短歌</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.cnovels.com/">
<![CDATA[<br />
[0045] 2010/11/05<br />
飲酒時のナイスアイデア書き留めておいたようだがまたも落書き<br />
<br />
<br />
[0044] 2010/11/01<br />
さよならの言葉は聞いたけど気持ち聞けてなかった彼方の電車<br />
<br />
<br />
[0043] 2010/10/31<br />
嫌いだと思ってしまうことでもう縄をまきつけられてる心<br />
<br />
<br />
[0042] 2010/10/30<br />
「歌のせい」涙の理由信じよう　世界はいつも嘘で満ちてる<br />
<br />
<br />
[0041] 2010/10/29<br />
眠たくてブラック飲んで足りなくて５杯目あたりでブラックアウト<br />
<br />]]>

</content>
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<title>短歌 0036 - 0040</title>
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<modified>2010-10-31T03:31:07Z</modified>
<issued>2010-10-27T15:00:00Z</issued>
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<created>2010-10-27T15:00:00Z</created>
<summary type="text/plain">三十一文字の作品集。</summary>
<author>
<name>千歳</name>
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<email>ckotoba@gmail.com</email>
</author>
<dc:subject>110_短歌</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.cnovels.com/">
<![CDATA[<br />
[0040] 2010/10/28<br />
どうしよう揺れる心を隠せずにいるよゆらゆらゆらゆらゆらり<br />
<br />
<br />
[0039] 2010/10/27<br />
もの思いふけるひまさえ与えずに過ぎ去った秋あいつみたい<br />
<br />
<br />
[0038] 2010/10/26<br />
そんなのが好きなんだって聞く君の視線秋風よりも涼しい<br />
<br />
<br />
[0037] 2010/10/24<br />
更新をそろそろしたい　ブログとか　記憶の中の君の笑顔を<br />
<br />
<br />
[0036] 2010/10/23<br />
追いかけてこないでいまは　きたらもうきっとあなたを好きでなくなる<br />
<br />]]>

</content>
</entry>
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<title>短歌 0031 - 0035</title>
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<modified>2010-10-24T13:29:17Z</modified>
<issued>2009-12-31T15:00:00Z</issued>
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<created>2009-12-31T15:00:00Z</created>
<summary type="text/plain">三十一文字の作品集。</summary>
<author>
<name>千歳</name>
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<email>ckotoba@gmail.com</email>
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<dc:subject>110_短歌</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.cnovels.com/">
<![CDATA[<br />
[0035] 2010/01/01<br />
たくさんの出会いの中で　瞬間に　あなたを思い出すことがある<br />
<br />
<br />
[0034] 2009/07/05<br />
梅雨半ば　空見て七日前に着たシャツ広げたら謎の斑点<br />
<br />
<br />
[0033] 2009/02/26<br />
ごめんねと言ってた顔が頭から離れないんだ　どの笑顔より<br />
<br />
<br />
[0032] 2009/02/24<br />
わたくしが首相になれば日本の杉の木全部ぶった切ります<br />
<br />
<br />
[0031] 2009/02/14<br />
二月だが最高気温22度　花粉を浴びに出かけてみるか<br />
<br />]]>

</content>
</entry>
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<title>eve Love</title>
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<modified>2011-02-16T20:03:42Z</modified>
<issued>2009-12-24T01:35:37Z</issued>
<id>tag:www.cnovels.com,2009://2.18572</id>
<created>2009-12-24T01:35:37Z</created>
<summary type="text/plain"> 作詞：千歳 作曲：rikumamoru 眠れなくて音楽を聴いてた 懐かしいかおりがしてる 子供のころよくかいでたあのかおり 眠れない記憶 いまごろもう　きっと夢をみてるから わたしはひとり　すこし前のメールを眺めてる ねえ　あなたはどんなあしたをプレゼントしてくれるのかな はじめてのChristmasEve　 きれいなillumination　 なのにねえなんでわかってくれないの 空を見る　不思...</summary>
<author>
<name>千歳</name>
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<email>ckotoba@gmail.com</email>
</author>
<dc:subject>220_楽曲</dc:subject>
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<![CDATA[<span style="font-family:'ＭＳ Ｐ明朝','平成明朝',serif;">
作詞：千歳<br>
作曲：rikumamoru<br>
<br>
<br>
眠れなくて音楽を聴いてた<br>
懐かしいかおりがしてる<br>
子供のころよくかいでたあのかおり<br>
眠れない記憶<br>
<br>
いまごろもう　きっと夢をみてるから<br>
わたしはひとり　すこし前のメールを眺めてる<br>
ねえ　あなたはどんなあしたをプレゼントしてくれるのかな<br>
<br>
はじめてのChristmasEve　<br>
きれいなillumination　<br>
なのにねえなんでわかってくれないの<br>
<br>
空を見る　不思議ね<br>
昨日のあの夜が　<br>
いまより孤独じゃなかったと感じてしまう<br>
飾られた街並みも　楽しげな音も<br>
まぼろしみたいにすり抜けていく<br>
<br>
だけどね　きづいたの　あなたはいつも　<br>
わがままなわたしに　こたえようとしてくれていた<br>
はじめてのChristmasEve　<br>
０時の鐘の音が　イブの終わりをつげる中で<br>
抱きしめてくれた<br>
<br>
空を見る　不思議ね<br>
さっきまでのイブが<br>
いまはかけがえのない夜に感じてしまう<br>
MerryChristmas　MerryChristmas　<br>
すこし長いキスに涙がこぼれ落ちたの<br>
よりそったふたりの　重なる吐く息は<br>
すこしだけ空に近づいて　消えていったの<br>
<br>
覚えてる　胸にはいまでも輝く<br>
あの空と　ふたりのChristmasEve<br>
すれちがいだらけのChristmasEve<br>
忘れないあの日のChristmasEve<br>
</span>
<br />
<br />
　<span class="font_red">&#32;&#62;&#62;&#32;</span> 【<a href="http://www.myspace.com/lyuko" target="_blank">楽曲 eve Love を MySpace で視聴</a>】<br />
　<span class="font_red">&#32;&#62;&#62;&#32;</span> 【<a href="http://www.cnovels.com/mu/evelove.mp3" target="_blank">楽曲 eve Love の mp3 をダウンロード</a>】（右クリックして、対象を保存してください）<br />
　<span class="font_red">&#32;&#62;&#62;&#32;</span> 【<a href="http://www.cnovels.com/rs/evelove.html">小説 eve Love</a>】<br />
<!--<mtimg src="/mu/evelove_01.jpg" thusrc="/mu/thu-evelove_01.jpg" />-->]]>

</content>
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<title>eve Love</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.cnovels.com/rs/evelove.html" />
<modified>2011-02-16T19:57:07Z</modified>
<issued>2009-11-09T13:18:52Z</issued>
<id>tag:www.cnovels.com,2009://2.18570</id>
<created>2009-11-09T13:18:52Z</created>
<summary type="text/plain"> 「もうヤダ」 　いきなりすねちゃっててごめんね。 　でも理由をきいたら、わかってくれる女の子もいると思うんだ。 　きょうはクリスマスイブだった。予定をばっちりあけて、何日も前からヨシオくんとのスペシャルデートを楽しみにしてた、そんな特別な日。 　あ、ヨシオくんっていうのは、付き合って２ヶ月になる彼氏ね。 　けど、いま思えば最初からつまずいてた。 　まず、ヨシオくんからなかなかデートのお誘いがこな...</summary>
<author>
<name>千歳</name>
<url>http://www.ckotoba.com/</url>
<email>ckotoba@gmail.com</email>
</author>
<dc:subject>060_恋愛小説</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.cnovels.com/">
<![CDATA[<span style="font-family:'ＭＳ Ｐ明朝','平成明朝',serif;">
「もうヤダ」<br/>
<br/>
　いきなりすねちゃっててごめんね。<br/>
　でも理由をきいたら、わかってくれる女の子もいると思うんだ。<br/>
　きょうはクリスマスイブだった。予定をばっちりあけて、何日も前からヨシオくんとのスペシャルデートを楽しみにしてた、そんな特別な日。<br/>
　あ、ヨシオくんっていうのは、付き合って２ヶ月になる彼氏ね。<br/>
　けど、いま思えば最初からつまずいてた。<br/>
　まず、ヨシオくんからなかなかデートのお誘いがこなかったこと。<br/>
　はじめのうちは、明日はくるかな、明日はくるかなってずっと待ってたんだけど、ぜんぜんこなくて。それで心配になってきて、ついに遠まわしに電話できいてみることにした。<br/>
「ねぇねぇ、１週間後の予定とかどうするの？」<br/>
『１週間後って？』<br/>
「ほらぁ、デートコースとか、いろいろ考えなきゃいけないことあるでしょ？」<br/>
『デートコース？　ていうか１週間後ってオレたち会う約束なんて――』<br/>
「ちょっと待って」<br/>
　不穏な空気を感じて、それ以上彼が不用意な発言をする前にさえぎった。<br/>
「今、カレンダー的なものみれない？」<br/>
『ん？　みれるけど』<br/>
「じゃあ、みて。さて、１週間後は何日でしょうか？」<br/>
『ええと、来週のきょうはニジュウヨ……あ』<br/>
　にぶい彼氏も、さすがに気がついたらしい。<br/>
『……ク、クリスマスイブだろ？　もちろんいろいろ考えてるさ』<br/>
「ふーん」<br/>
　じゃあ、さっきの『あ』はなによ。<br/>
　と内心思ったけど、それは口にしないでおいた。<br/>
　イブの１週間前に、ケンカなんてしたくないもの。<br/>
「じゃあ楽しみにしてるから、ちゃんと誘ってね」<br/>
　ヨシオくん忙しいヒトだから、たまにはウッカリすることもあると思うの。<br/>
　でもだいじょうぶ。あのヒトは、最後にはちゃんと結果を出してくれるって信じてる！<br/>
　と、このときはまだ思ってたんだよね……。<br/>
<br/>
　というわけでクリスマスイブの３日前に、ヨシオくんからイブの夜あいてる？　ってメールがきて。<br/>
　当然あけてるに決まってるんだけど、ちょっともったいぶったやり取りしてから、最後に『あいてるよ★』ってメールを返した。<br/>
　待ち合わせ場所の指定がきたのはイブの前日だった。デートするとき、いつも待ち合わせに使っている駅前。<br/>
　何度かメールのやりとりをしていたら『おやすみ』って返ってきて、たしかにもういい時間だったから素直に「おやすみ」って返す。<br/>
　ベッドのそばの照明を暗くして、眠ろうとする。<br/>
　…………。<br/>
　……ダメ、眠れない！<br/>
　寝返りを何度かうって、あきらめたわたしはそばのリモコンをピッと押した。小さなスピーカーから、音楽がきこえはじめる。<br/>
　もう、ワクワクして眠れないよ。<br/>
　小さなころの遠足の前日みたい。<br/>
　ヨシオくんはもう寝ているはずだから、メールも送れないし。<br/>
　かわりに少し前のメールを何度も読み返してみる。ほっとため息。<br/>
　ねえ。<br/>
　あなたは、どんなあしたをプレゼントしてくれるのかな。<br/>
<br/>
　そしてついにイブの夜。<br/>
　よく使ってる駅なのに、この日はやっぱりいつもと違う感じがする。道ゆくヒトたちがみんなしあわせそうにみえるのは、わたし自身がウキウキしてるからなのかなぁ。<br/>
　わたしはいつもよりちょっとだけドレスアップして、滅多に選ばない真っ赤なコート着て、ヨシオくんが来るのを待っていた。<br/>
　けど……遅いなあ。<br/>
「ごめん、仕事が立て込んでてさー」<br/>
　ヨシオくんは、約束の１８：００に１０分遅れてやってきた。仕事が忙しかったんならしょうがないよね。<br/>
「いいよ。お仕事おつかれさま」<br/>
　にっこり笑ってから、ヨシオくんの腕に手を回す。<br/>
「おう、じゃあいこうぜ」<br/>
「どこつれてってくれるの？」<br/>
「フッ、きょうはオレにまかせろよ」<br/>
　えーなにこの思わせぶり＆頼もしいセリフ！<br/>
　すっかり期待に胸を膨らましてついていったわたしを迎えてくれたのは、ふだんよくデートに使ってるショッピングモールだった……。<br/>
「やっぱりここもクリスマス一色だなあ」<br/>
　とか言ってヨシオくんは素直に感嘆してる。
「…………」<br/>
　そりゃたしかにきょうのショッピングモールはクリスマスネオンがいっぱいできれいだよ？　でもね、わたしここ３日前に友達ときたばっかりなの！　だってクリスマスセールだったし。<br/>
「あのツリーなんてなかなかだよな」<br/>
　そのツリーももうみてるし。ていうか写真も撮ってブログにもアップしたのにみてないの？<br/>
「ほら、きょうはクリスマスセールやってるんだぜ。ちゃんとＷＥＢでチェックしておいたんだ」<br/>
　だからそのクリスマスセール目当てに３日前にきてるんだって！　ていうかここのサイトはチェックして、わたしのブログはチェックしてないわけ？<br/>
「あのねー！」<br/>
「え？」<br/>
　思わず大声張りあげそうになったのを、ヨシオくんはきょとんとした顔をしてくる。<br/>
　それをみて、ギリギリのところで思い直した。<br/>
　いけないいけない。せっかくのイブなのに、こんなことで暗い影とか落としたくないし。<br/>
　３日前にきてたことは、ヨシオくんには秘密にしておこうと決意する。<br/>
「ホント、安いよな。これなんて５割引だぜ」<br/>
「あ、うんそうだね。もう、なににしようか迷っちゃう」<br/>
　もう欲しいものは３日前に買ってしまってるんだけど、なにも買わなかったら買わなかったでヨシオくん落ち込みそうだし。<br/>
　というわけでわたしは、前回どうしようか悩んでやっぱりなんか違うと思ってやめたカーディガンを、けっきょく買っちゃうハメになったのでした……。<br/>
<br/>
　けどね、ここまではまだよかったの。<br/>
　ヨシオくんも、ショッピングモールで終わりってつもりはなかったみたいで、買い物がすんだら今度はイルミネーションスポットにいくことになった。<br/>
　ヨシオくんがいくと決めていたイルミネーションスポットはすごく有名で、わたしも一回いってみたいと思ってたところだったから大賛成したのね。<br/>
　で、駅に戻って電車に揺られて、目的の駅についたらそこはカップルでいっぱいだった。<br/>
「すげえな。みんな目的はおなじってことか」<br/>
「いまからこれだと、イルミネーションの場所すごいことになってそうだね」<br/>
　とか言いながらも歩きはじめる。そして予想通り、歩けば歩くほどカップルの数は増えていって、ついに前がつっかえはじめてゆっくりしか進めない状態に。<br/>
　そのうちに、きょうのためにと買った、履き慣れない、高いヒールのブーツが災いして、途中から足が痛くなってきてしまった。<br/>
「ねぇ、あとどれくらいかなあ」<br/>
「うーん、この調子だと、１５分は歩くかもな」<br/>
「えー」<br/>
　それはつらいかも……。<br/>
「……ねぇ、ちょっと足痛くなってきちゃった」<br/>
「なに、だいじょうぶか？」<br/>
　ヨシオくんは心配そうにきいてきてくれる。<br/>
　正直いってだいじょうぶじゃなかった。でも、彼がせっかく組んでくれたデートプランを、わたしからＮＧだすのってやっぱりちょっと気が引けちゃって。<br/>
　だから「う、う……ん」とかって言葉をにごしてたら、それで察してくれたのかな？　ヨシオくんが力強くうなずきながら言った。<br/>
「よし、えらいぞ。もうちょっとだからな。ガンバレ！」<br/>
　と言って手を握ってくれる。って、なにも察してないし！<br/>
　わたしが「うん」て言ったって誤解したんなら違うから！　「うん」じゃなくて「ううん」だから！<br/>
　ここはさすがに訂正しとこうと思ってたのに、ヨシオくんは「いやあ、イルミネーション楽しみだなあ。８時ちょうどにイベントとかあるらしいぜ」とか言っちゃって、超楽しみにしてるの。<br/>
　そのワクワクした顔みてたら、いくのやめたいとか言えなくなって、結局痛みをガマンしながらついてくことになっちゃった。<br/>
　で、さらに２０分歩いて、なんとか目的のイルミネーションスポットにたどり着いた。イベントにもギリギリ間に合ったみたい。<br/>
　イベントの中心部分はぎっしりヒトで埋まってたから、歩道からしか眺めることできなかったけど。でも、ここからでもばっちりみえるすっごく大きなツリーがあって、キラキラしててほんとにキレイだった！<br/>
　そして時間になるとどこからか鐘の音がして、それに合わせてイルミネーションの光が瞬きはじめて、さらにさっきまでついてなかったイルミネーションまで点灯してもう光の奔流って感じ。<br/>
　すっごくステキだったー！　ヨシオくんなんて感激して泣いちゃってたし。　<br/>
　でもこのあと、新たな悲劇が待っていた。<br/>
　イベントが終わって、いっせいにカップルたちの大移動がはじまったんだけど、歩道にいたものだから、わたしそれに巻き込まれちゃって。<br/>
「あ」<br/>
　ヒトの流れに逆らえなくて、ヨシオくんがどんどん離れていってしまう。<br/>
　ヨシオくんはイベントの余韻にひたりきっちゃって、そもそもわたしがどんどん離れていってるってことにさえ気づいてなかった。<br/>
「ヨシオくんー！」<br/>
　思い切って大声で呼ぶ。それでやっと、わたしが遠ざかってるって気づいてくれた。<br/>
　けど、ときすでに遅し、やっとヒトの流れから逃れたころには、完全にヨシオくんを見失ってしまっていた。<br/>
　しかも悲惨なことに、ヒトが多すぎるせいでケータイなかなかつながんなくて、再会できるまでに３０分くらいかかってしまった。<br/>
　カップルだらけの中、ひとりでいるのってとても孤独で、ヨシオくんを探しながら泣いちゃいそうになる。<br/>
　でもイブにこんな涙は流したくなくて、必死に涙をこらえる。<br/>
　そして。<br/>
「おーい」<br/>
　ヨシオくんがやっとわたしをみつけてくれて、かけよってきた。<br/>
「ヨシオくん！」<br/>
　ひどい目にあったはずなのに、再会できたのがその分とても嬉しくて、なんかさっきまでのマイナスな気分が一気に吹っ飛んでしまった。<br/>
　よかった再会できて！<br/>
「ごめん！」<br/>
　両手を合わせて謝るヨシオくんに、わたしはううんと首を振った。<br/>
「もういいよ。それよりおなかすいたからディナーいこ？」<br/>
「そうだな、なに食いたい？」<br/>
　えぇ、予約とかしてないの？　だいじょうぶかなあ。とか思いながらこたえた。<br/>
「んー、まかせちゃう」<br/>
<br/>
　結局ヨシオくんがつれてってくれたお店は席も空いてて、無事待たずに座ることができた。<br/>
「な、だいじょうぶだったろ？」<br/>
「まあ、ね」<br/>
「どうした、元気ないな？　足まだ痛い？」<br/>
「ううん、座ってたらへいき、だけど……あのね？」<br/>
「ん？」<br/>
　歩いてると足が痛くてたまんなかったし、あんまり歩かないでお店についたのも、すぐに座れたのも嬉しかったんだけど……。<br/>
　わたしは家族連れの多い店内を見回しながら、小声できいた。<br/>
「なんでファミレスなの？」<br/>
「え、おまえここの味好きだろ？　やっぱりこういう日は、好きなものを食べるのがいちばんだよな、うん」<br/>
　このヒト本気で言ってるんだろうかと、まじまじとヨシオくんの顔をのぞき込んだ。<br/>
「おい、そんなにみつめるなよ。照れるだろ」<br/>
「アハハ……」<br/>
　彼氏に愛想笑いしてしまった。<br/>
　このときにはわたし、完全に気づいてしまっていた。<br/>
　自分の彼氏が、超のつく天然キャラだってことに。<br/>
　付き合って２ヶ月。うすうすこのヒトが天然だって思ってはいたんだけど、まさかここまでだったとは。<br/>
　そんなこと考えてたら、ヨシオくんが急にソワソワしはじめた。<br/>
「あのさ……クリスマスプレゼント持ってきてるんだ」<br/>
「え、そうなの？」<br/>
　なんて驚いた声を出してみる。<br/>
　でもね、彼がプレゼント用意してくれてるって、実はきょう会ったときから気づいてたというか、バレバレだったんだ。<br/>
　だって、会ったときからヨシオくん、ピンクのリボンが結ばれた、すっごく大きな袋を持ってたんだもん。それって絶対プレゼントだよね。<br/>
「はい、プレゼント」<br/>
　て言って、その大きな袋を渡してくれる。<br/>
　ピンクのリボンは、最初はキレイに整っててかわいかったけど、イルミネーションのとき人混みにもまれたせいで、いまはボロボロだった。<br/>
「わぁ、ありがとう！　ね、あけていい？」<br/>
　真っ白な袋もちょっぴり破けてしまっていて、そこからピョンと茶色い毛が飛び出してたから、もう中身もだいたいわかってたんだけどね。<br/>
　わたしはクマのぬいぐるみが大好きで、前にそれを言ったことがあって。<br/>
　だからきっとそれを覚えててくれて、クマのぬいぐるみを買ってくれたんじゃないかな。<br/>
（ぬいぐるみかー）<br/>
　心の中でため息をつく。ううん、クマのぬいぐるみはうれしいの。とても。<br/>
　でもね、なんでクリスマスにぬいぐるみ？　とも思ってしまう。<br/>
　クリスマスにぬいぐるみって、わたし子供じゃないし。みたいな。<br/>
「あけてみなよ」<br/>
「わー、なにかな」<br/>
　プレゼントの存在に気づいてたことも、中身がなにかだいたいわかってしまってるのも、自分だけの秘密にしておこうと思った。<br/>
　だってヨシオくん、わたしが袋をあけようとしてるところを、すっごくワクワクした顔でみてるんだよ？　本当のことなんて言えない。<br/>
　しわくちゃになったリボンをほどくと、中から大きなぬいぐるみが出てきた。<br/>
「わぁ、クマさん……じゃない、ウマさんだぁ」<br/>
　クマのぬいぐるみが出てくると思って喜ぶ準備をしていたわたしの予想ははずれてた。<br/>
　なんで、なんでウマ？<br/>
「フフ」<br/>
　ヨシオくんは、予想外すぎてなかばパニック状態のわたしを、かなり喜んでるとでもカンチガイしたのか、してやったりみたいな笑みを浮かべている。<br/>
「おまえ好きだろ、ウマ」<br/>
「う、うん」<br/>
　ウマが好きだなんて言った覚えないし。前にぬいぐるみの話はしたけど、そのときはなんのぬいぐるみが好きってきかれて、たしかクマってこたえたはずだった。<br/>
　も、もしかして……あのとき、『クマ』を『ウマ』と、ききまちがえてた？<br/>
「ヨ、ヨシオくん」<br/>
「ん？」<br/>
　どうしていいかわからず、やっとのことで言った。<br/>
「あ、ありがとう」<br/>
「うん」<br/>
　ヨシオくんがこの日の最高の笑顔でうなずいた。<br/>
<br/>
　でも、こんな状態で楽しいトークを続けられるはずもなくて。<br/>
　いちおうこのあと、わたしからもプレゼントのマフラーを渡したの。ヨシオくんはすごく喜んでくれたんだけど、それからふたりの間の空気は、どんどんぎこちないものになっていった。<br/>
　わたしの笑顔が引きつってるって、ヨシオくんもさすがに気がついたみたい。<br/>
　それでもがんばっていろんな話をしてくれる気持ちは嬉しかったけど、もうわたしのテンションはすぐには回復不能なところまで落ちてしまっていた。<br/>
　でもきょうという日を、嫌な思い出にはしたくなかった。だって、わたしの人生ではじめての、彼氏と過ごすイブの夜だったから。<br/>
　なのに会話は空回りしたまま、どんどん時間が過ぎていく。<br/>
「あー、じゃあそろそろ出よっか」<br/>
「うん、そうだね……」<br/>
「駅まで送るよ」<br/>
　え、きょうはお泊まりするんじゃないの？<br/>
　と、それきいて思ったけど、なんかすぐにあきらめの気持ちがわいてきて、言わなかった。<br/>
　ヨシオくん、明日仕事なんだろうしね。<br/>
　店を出て、駅に到着して。<br/>
「じゃあね」<br/>
　改札の手前で、見送ってくれるヨシオくんに別れを告げる。<br/>
「おう、気をつけて」<br/>
「うん」<br/>
　改札を通り抜ける。うしろを振り返ったら、ヨシオくんが手を振ってくれた。<br/>
　それをみたら急に涙が出そうになって、あわてて背を向けて、ホームへの階段をかけあがってしまった。<br/>
　電車を待ちながら、白い息を吐く。それは重たくて長いため息になった。<br/>
　重たいためいきは、だけどすこしだけ空に近づいて消えていく。<br/>
　電車がやってきたので中に入った。<br/>
　しまるドア。変わりはじめる景色。わたしは実感した。<br/>
　ああ、終わったんだ。<br/>
　わたしのイブ――はじめての、彼氏とのステキなイブの夜。<br/>
<br/>
「ただいまー」<br/>
　ブーツを脱いで、足を引きずるようにして部屋の電気をつける。<br/>
　あたりまえだけど、ひとり暮らしの部屋には誰もいない。<br/>
　壁の時計は１１：４０だった。<br/>
　たしかイブって、日付がかわると終わるんだっけ。<br/>
　わたしのイブは先に終わっちゃったけどね。<br/>
「……足いたーい」<br/>
　エアコンつけて、コートを脱ぎながら文句を言ってみる。やっぱり誰もこたえてくれない。<br/>
「もうヤダ」<br/>
　ため込んでたものを吐きだすように言って、ベッドに倒れこんだ。<br/>
　で、それきりもう力尽きたみたいにぼーっとしてると、きょう一日のことがよみがえってくる。<br/>
　いつもの駅で待ち合わせて。<br/>
　３日前にいったばかりのショッピングモールにつれてかれて、そんなに欲しくなかったカーディガン買って。<br/>
　たくさん歩いて、痛む足のなかイルミネーション眺めて。イルミネーションに夢中になりすぎた彼氏とはぐれてしまって。<br/>
　そのあとファミレスにいって、なぜかウマのぬいぐるみを渡されて。<br/>
　お泊まりもしないまま駅の改札で彼氏と別れて、それでイブの夜はおしまい。<br/>
　ね、わたしがすねちゃうのも、無理ないと思わない？<br/>
　しかもさらによくないことに、別れるときにちょっと泣いてしまった。<br/>
「泣いちゃったの、みられたかな……」<br/>
　みられてたとしたら、どう思われただろう。めんどくさい女とか思われてたりしたらどうしよう。<br/>
　けど、ヨシオくんもヨシオくんだよ。<br/>
　もっと、楽しいイブにしてくれたらよかったのに。<br/>
　なぜかいつもクリスマスには彼がいなかったわたしにとって、彼氏と過ごすイブって憧れだった。そのせいもあって、ずっといろいろ想像してたの。<br/>
　たとえばキャンドルナイトイベントとかみて、そのあと超ステキな夜景がみえるレストランにいって、夜は高級ホテルで、部屋にはクリスマスツリーが飾り付けしてあって。<br/>
　朝起きたらツリーの下にサンタさんからのプレゼントが置いてあるの。<br/>
　プレゼントはかわいい指輪とかで、裏にはイブの日付と、ふたりの名前がほってあるんだよ。<br/>
　ため息をつく。<br/>
　わたしバカだ。<br/>
　こんなふうにいろいろ想像しすぎて、期待がどんどん膨らんで、結局現実とのギャップに失望してるんだもん。<br/>
　ホント、バカだね。<br/>
　――あれ？<br/>
　そんなことを考えはじめて思考がどんどんネガティブモードになっていってたとき、部屋のすみに追いやっていた置き電話がピカピカ光ってるって気づいたの。<br/>
　伝言が入ってるみたい。<br/>
　ふだんケータイしか使ってないから、部屋の電話機に着信があること自体めずらしい。たまーに、お母さんから電話がかかってくるくらい。<br/>
　伝言もだからお母さんからかなって思ったら急に声がききたくなって、再生ボタンを押した。<br/>
『１８：０１のメッセージです』<br/>
　無機質な女性の声でアナウンス。<br/>
　ちょうど駅で待ち合わせしてたころだ。１８：００に待ち合わせだったのに、ヨシオくん遅刻したんだよね。<br/>
『もしもし、オレ』<br/>
「えぇ、なんで？」<br/>
　声の正体はヨシオくんだった。驚いて、メッセージに向かって話しかけてしまう。<br/>
　けれど数時間前のヨシオくんに声が届くわけない。<br/>
『これをきいてるときは、たぶんデートから帰ったばかりのころだよな。イブの夜は楽しかった？　オレはいま緊張してるよ。実は、イブのデートってはじめてなんだ』<br/>
　え、ヨシオくんも……？<br/>
『ショッピングモールは楽しかった？　あそこじゃいつもおまえ値札にらんでたから、きょうのセールを知ったら絶対喜ぶと思ってさ。イルミネーションは？　イブのデートといえばイルミネーションだって先輩が言ってたから、ネットで人気スポット調べまくったんだぜ。あと、おまえの好きなウマのぬいぐるみは気に入ってもらえたかな。ウマって意外とおいてなくて、かわいいのみつけるの大変だったよ』<br/>
　ききながら、今頃になって気がついた。ヨシオくんだって、いっしょうけんめい今夜のことを考えてくれてたんだって。<br/>
　自分のことしか考えてなかったわたしと違って、彼はこんなわたしのことだけを、ずっと想ってくれていた。<br/>
『オレたちさ、付き合いはじめてまだ２ヶ月とちょっとしか経ってないだろ？　正直まだよくわかってないかもしれないんだ。おまえの好きなものとか』<br/>
　優しい声で、ヨシオくんは続ける。<br/>
『おまえはたぶん、買い物が好き。好きな色はピンクだな。夜景が好きだから、イルミネーションもきっと好き。ぬいぐるみはウマ。あと、あのファミレスの味がマイブーム――どう？　これぜんぶ当たってたら、今夜のデートは成功間違いなしだ』<br/>
　優しい声をききながら、気がついたらわたし泣いてしまっていた。<br/>
『たぶん照れちゃって面と向かっては言えないと思うから、ここで言っとくよ。きょうは一日ありがとうな。あと、いつもオレのそばにいてくれてありがとう。オレを好きでいてくれてありがとう。オレも好きだよ。だから、これからもよろしく』<br/>
「ヨシオくん――」<br/>
　それ以上は、声にならなかった。だから心の中で言ったの。<br/>
　わたしのほうこそありがとう。<br/>
　せっかくヨシオくんの気持ちがこもったイブだったのに、すねちゃってごめんね。<br/>
『そうそう、最後にもう一個、サプライズがあるんだぜ。まずウマをみてくれ』<br/>
　え、サプライズ？<br/>
　キョロキョロと部屋を見回す。あった。もらったばかりの白い袋は、申し訳ないことに部屋のすみっこに捨てられたみたいに転がっていた。<br/>
　あわてておウマさんのぬいぐるみを袋から取りだす。すこし前まで微妙な気持ちしか与えてくれなかったぬいぐるみが、いまはとても大事な宝物に思えた。<br/>
　わたしがぬいぐるみを手にしたのを見計らったように声は続いた。<br/>
『ぬいぐるみの背中に、チャックがあるのわかるか？』<br/>
　チャック？　――あった。<br/>
『そのチャックあけてみてくれ。本命のクリスマスプレゼントが入ってるからさ』<br/>
　チャックを引っぱって中に手を入れてみると、四角いアクセサリケースがみつかった。<br/>
　震える手でちっちゃなケースのフタを開く。中には、ピンクゴールドのリングがきらめいていた。<br/>
『気に入ってくれた？　留守電で長い時間ごめんな。じゃあそろそろ切るから。これからおまえに会うからさ――やべ、遅刻しちゃったよ。おまえ許してくれるかな』<br/>
　メッセージはこれでぜんぶだった。<br/>
　リングにみとれていたわたしは、ハッとしてケータイを探した。みつかったケータイのいちばん上の発信履歴をクリックする。<br/>
　コールが鳴りはじめた。<br/>
『もしもし』<br/>
　すぐにヨシオくんは出てくれた。<br/>
「ヨシオくん、プレゼントありがと――ごめんね、わたしきょういい子じゃなかったかも。ステキなイブありがとね。すっごく嬉しいよ。きょう、最高のイブだったから。指輪も大事にするね」<br/>
　ということを言ったつもりなんだけど、涙がどうしても止まらなくて泣きじゃくりながらだったから、ちゃんと伝わってない気がする。<br/>
『よかった』<br/>
　それでも、ヨシオくんは嬉しそうに言ってくれた。<br/>
『最後、別れ際に泣いてた気がしたから気になってたんだ。足痛かったんだろ？　ごめんな、オレ、まさか泣くほど足が痛いだなんて思ってなかったから』<br/>
「ううん、いいの。もう痛くないし」<br/>
　泣いてた理由は違うけど、そこはあえて指摘しないことにする。<br/>
『あ――いまちょっと窓の外みてみろよ』<br/>
「え、なに？」<br/>
　窓の外って、もしかして雪？　ホワイトクリスマス？<br/>
「ちょっとまって。いまみるから」<br/>
　すばやく涙を拭いて、鼻をかんでから、窓のカーテンをあけた。よくみえない。思い切って窓をあけて寒い中ベランダに出てみた。<br/>
　うーん、雪は降ってないよね？<br/>
「別になにも――」<br/>
　言いながら下をみて、ハッとした。<br/>
　ベランダのすぐ下にある公園でわたしをみあげているのが、トナカイの角を頭に生やしたヨシオくんだって気づいたから。<br/>
　すぐに部屋にかけもどって、サンダルで外に飛び出した。階段を降りて、手をふるヨシオくんのもとに走る。<br/>
「びっくりした？」<br/>
　ヨシオくんはいたずらっ子みたいな笑顔だった。<br/>
「もうちょっとして電話かかってこなかったら、オレから電話するとこだったよ」<br/>
　トナカイの角がついたカチューシャをヨシオくんから取りあげる。<br/>
　息を整えようとしながらきいた。<br/>
「なんで、トナカイ、なの？」<br/>
「え、だってクリスマスだから」<br/>
「だったら、サンタさんの帽子で、いいでしょ」<br/>
「あ、そうか。たしかに」<br/>
　ホントこのヒトって、どっかずれてる。そう思いながら、彼のそんなところを大好きになってる自分に気づいて驚いた。<br/>
　わたしって、ヨシオくんのこといままでちゃんとみてなかったんだなって思う。<br/>
　イブに彼氏とステキなデートするって勝手にワクワクして、けどただワクワクするだけで、デートプランとかぜんぶ相手にまかせきりで自分はなにもしない。<br/>
　こんなダメな彼女なのに、ヨシオくんは彼だけのやりかたで、わたしと最高のイブを過ごしてくれた。<br/>
　遠くから鐘の音がきこえてきた。<br/>
「なんだこの音――どっかで火事か？」<br/>
「ううん」<br/>
　わたしはヨシオくんに教えてあげた。<br/>
「０：００になったんだよ。むこうに教会があるから、たぶんそこ」<br/>
「あ、そうかぁ」<br/>
「ねぇ、寒くなってきちゃった。ウチの中入ろう？」<br/>
「そうだな――」<br/>
　続けてヨシオくんは、先に歩こうとしたわたしの名前を呼んだ。<br/>
「え、なに？」<br/>
「メリークリスマス」<br/>
　振り向いたわたしに、冷たくて、優しいキスをしてくれる。<br/>
　目を閉じる瞬間みえた星空が、とてもきれいだった。<br/>
　しらないうちにまた涙がこぼれてくる。<br/>
　顔を離したヨシオくんが、泣いているわたしに気づいて驚いた顔をする。<br/>
　ヨシオくんのなにか言おうとしたシタクチビルに、こんどはわたしからキスをした。<br/>
　ふたりが吐いた息が重なって、すこしだけ空に近づいて消えていく。<br/>
</span>
<br />
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<title>優しくきゅっと - noise Vol.05 - 09・10</title>
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<modified>2010-12-04T09:04:47Z</modified>
<issued>2009-10-09T11:20:40Z</issued>
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<created>2009-10-09T11:20:40Z</created>
<summary type="text/plain"> 　　　９ 「どうぞ」 　缶コーヒーを洋輔に渡した。 「サンキュー」 　受け取った洋輔は、器用に右手だけでフタを空ける。 「リリ、眠ってる？」 「ああ、ぐっすり寝てるよ。そのうちイビキかきだすんじゃないか？」 「よかったー」 （だからそばにいて。もう放さないで） 　リリがそう言って、ふたりは無事仲直りをした。 　そのあとリリには地獄が待っていた。 （じゃあそろそろ吐け） 　そうゆうと、それまでとて...</summary>
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<name>千歳</name>
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<email>ckotoba@gmail.com</email>
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<dc:subject>050_noise (バンド系恋愛小説)</dc:subject>
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<![CDATA[<span style="font-family:'ＭＳ Ｐ明朝','平成明朝',serif;">
　　　９<br/>
<br/>
「どうぞ」<br/>
　缶コーヒーを洋輔に渡した。<br/>
「サンキュー」<br/>
　受け取った洋輔は、器用に右手だけでフタを空ける。<br/>
「リリ、眠ってる？」<br/>
「ああ、ぐっすり寝てるよ。そのうちイビキかきだすんじゃないか？」<br/>
「よかったー」<br/>
<br/>
（だからそばにいて。もう放さないで）<br/>
　リリがそう言って、ふたりは無事仲直りをした。<br/>
　そのあとリリには地獄が待っていた。<br/>
（じゃあそろそろ吐け）<br/>
　そうゆうと、それまでとても優しい顔をしていた洋輔は突然、リリがガタガタ震え出すほど鬼のような形相に早変わりしたのだ。<br/>
　リリを強引に立たせると、風呂場に連れて行く。そしてリリの口に右手の指を突っ込んで、無理矢理吐かせはじめた。<br/>
（なあ、俺が左手をケガして以来苦しんでるのは知ってるよな？　このうえ俺の右手にまでケガとかさせたり、おまえはしないだろ？）<br/>
　右手の指を口の中に突っ込まれた状態でそんなこと言われたら、抵抗なんてできるわけない。恐怖におびえながら、口を大きくあけ、嗚咽を繰り返す。<br/>
（よしよし、いい子だ。やればできるじゃねぇか）<br/>
　いちど指を抜く。ゲホゲホと咳き込むリリ。<br/>
（ほら）<br/>
　洋輔は２リットルのペットボトルをリリに渡す。<br/>
（ありがと）<br/>
　素直に両手で受け取って、コクコクと飲みはじめるリリ。吐いたばっかりで水分がほしかったのかな。あっという間に５分の１くらい飲んでしまった。<br/>
　ペットボトルから口を離したリリを見て、洋輔は言った。<br/>
（なにやめてんだ？　全部飲めよ）<br/>
（え、こんなに飲めな――）<br/>
（おまえ酒を６缶飲んだんだろ？　だったらそれくらい飲めるよな？）<br/>
（は、はい）<br/>
　観念して、水を再び飲みだす。<br/>
（その調子だ。全部飲んだらもういっかい吐こうな）<br/>
　おびえるリリは逆らえず、とにかく水を全部飲んでしまった。そしてまた指を突っ込まれ、さっき飲んだばかりの水を吐かされる。<br/>
（いいか、こんど薬の大量服用なんてしてみろ。首輪つけて街中引きずり回してやるからな）<br/>
　返事もできず、嗚咽を続けながら、リリは泣いていた。<br/>
　で、ようやくその地獄のような時間が終わると、リリはベッドに寝かしつけられた。眠るまでの間も、洋輔はひたすら薬の大量服用について延々と説教し続けた。恐怖におびえていたけど、それでもリリは洋輔の左手をにぎって放さない。そして洋輔の説教を子守歌にリリは眠ったのだった。<br/>
<br/>
「たぶんこの調子じゃ、ずっとあんまり寝れてなかったんだろうね」<br/>
「そうだな」<br/>
　返事をした洋輔の声は、さっきまでの鬼モードとは打って変わって、とても穏やかだった。<br/>
「今日飲んだ薬も全部精神安定剤だったしな。眠剤は、もらった分はもう全部飲んだって言ってた」<br/>
「……ねぇ、きいていい？」<br/>
「なんだ？」<br/>
　いつになく静かな洋輔の声に後押しされて、思い切ってきいてみることにした。<br/>
「いま、左手のケガってどんな感じなの？」<br/>
「……相変わらず役立たずさ。握力が戻りゃしねぇ。が、ようやく普段の生活には問題ないくらいにはなってきた」<br/>
「そう、なんだ」<br/>
　じゃあ、まだやっぱりドラムを叩けるような状態じゃないんだ。<br/>
「リハビリとかしてるの？」<br/>
「してる。医者からは、ケガ自体は完治してるから、とにかく普段から使うようにって言われてるよ」<br/>
「じゃあ……じゃあいつかまた叩けるようになる？」<br/>
　洋輔は、すぐには答えてくれなかった。コーヒーを飲んで、勝手にタバコに火をつける。ベッドの奥の開いた窓に向かって、フウって煙を吹きつけた。<br/>
　網戸の奥から、まぁるい月がのぞいていた。<br/>
「……もう、ドラムはやめたよ」<br/>
「あ――」<br/>
　ずうずうしくいろいろきいたアタシも、さすがにそれ以上はきけなかった。<br/>
　なによりドラムが大好きだった洋輔がそんな決断を下したことの重さを考えると、なにも言えなくなってしまった。<br/>
「全部なくしちまった。ドラムも、仲間も」<br/>
「まだリリがいるじゃん」<br/>
「こいつもなにを考えているんだか。いまごろハルトと付き合ってるんだとばかり思ってたんだがな」<br/>
「付き合ってないみたい。オキがゆうには、ハルトくんはとにかく慎重で、リリを傷つけたくないって思ってて、だからなかなか告白できないんだって」<br/>
「なんだそりゃ？　ただ臆病なだけなんじゃないのか？」<br/>
　アタシが感じてたことを、洋輔はズバリと指摘した。リリがぐっすり眠っているのを確認して、さらに追求する。<br/>
「……ねえ、ハルトくんがリリを好きだって、洋輔は知ってたの？」<br/>
「ああ、知ってたよ。ずっと前から」<br/>
「ずっと前って？」<br/>
「リリを、ハルトに紹介されたときからな。ああ、こいつリリが好きなんだなって、すぐにピンときた」<br/>
「ええ、じゃあハルトくんの気持ちを知ってて付き合いだしたの！？」<br/>
「ああ。勝手に俺にくっついてきたんだよ。――けっきょく、ハルトじゃ物足りなかったんだろう」<br/>
「ものたりないって、ヒドイ言いかたー」<br/>
「しょうがねぇだろ、言葉を飾ってもさ。それが真実だ」<br/>
　コーヒーを飲み干す。そしてタバコを吹かす。洋輔のタバコの吸いかたは嫌いじゃなかった。<br/>
「今回もそうだ。あいつはリリを自分の女にする勇気もないまま、結果的にリリを追いつめた。あいつの優しさはな、こういう女にとっては毒なんだよ。こういうひとりじゃなにも決められない、誰かを必要とするタイプの女は、男が守ってやらねぇとダメになるんだ。なにが『傷つけたくない』だ。傷つきたくない、の間違いじゃないのか。あいつはリリがこんなになるまでなにもせずに、結果ただ追いつめただけじゃねぇか」<br/>
　あまりにもヒドイその言いかたに耳をふさぎたくなったけど、洋輔のゆう通りなのかもしれないと思ってただ黙り込む。<br/>
（わたし、ユウくんが好きだよ）<br/>
　さっきリリは、アタシをハルトくんと間違えてそう言ってた。<br/>
（覚えてる？　あなたとはじめて行った海は冬だからとても冷たくて――けれどわたしは子供みたくはしゃいでたね）<br/>
（そんなわたしの手を、転ばないようにって、ずっとにぎってくれていた）<br/>
（手、あったかかった）<br/>
（そのとき思ったの。あなたはわたしのことをずっと見ていてくれる。なにがあってもそばにいてくれるヒトだって、そんな気がしたの――ホントだよ？）<br/>
　あの言葉に、ハルトくんへの深い愛情を感じた。リリは、ハルトくんをずっと待ってたんだ。ハルトくんが好きだって言ってくれるのを。洋輔への気持ちに捕らわれてがんじがらめになっていく自分を、強引にでもいいからさらっていってくれるのを。<br/>
「まったく、歌にする暇があったら、さっさと奪ってみろってんだ」<br/>
　固いコーヒーの缶を、右手でぐしゃりとにぎり潰す。<br/>
　あの歌のことを言ってるんだって、すぐにわかった。<br/>
「洋輔知ってたの？　あの歌が……」<br/>
「そりゃわかるさ」<br/>
　――冷たい手。ハルトくんの歌。<br/>
　洋輔は、目を半分閉じて、鼻歌を歌うように、かすかな声で歌う。<br/>
<br/>
『Happy daily like a dream<br/>
　There's just "two" of the world』<br/>
<br/>
　かすれた声で歌いながら、右手の指でリズムをとっている。<br/>
<br/>
『さよならは　言わないけれど　きっと永遠に交わらないね<br/>
　諦められないけど　キミが幸せなら――』<br/>
<br/>
　歌うのをやめて洋輔は鼻で笑った。<br/>
「なにが、『キミが幸せならそれでいいんだ』だ。ただの言い訳だろ？　自分の惚れた女なら、人にまかせるなっての」<br/>
　ムっとして言い返す。<br/>
「それはアンタの価値観でしょ？　アンタは奪う愛、ハルトくんは見守る愛。愛の形が違うだけじゃん。あとさぁ」<br/>
　さっきの洋輔の発言が、なんかリリを奪われてもいいんだってきこえて、きかずにはいられなかった。<br/>
「ねぇ、これからホントにリリとやり直すつもりなの？」<br/>
「――ああ、こいつは、俺がいないとダメみたいだからな」<br/>
「洋輔自身はどうなの？　リリを好きなの？」<br/>
「どうだろうな」<br/>
「はぐらかさないで。洋輔の答えによっては、アヤ、ハルトくんの味方するからね！」<br/>
「……あいつが、本気でリリを奪いにくるんだったら、そのときは相手してやるさ」<br/>
　そう言った洋輔の表情からなにか読み取れないかと思って凝視したけど、なに考えているのかわからなくて、あきらめてため息をつく。<br/>
「リリ、最近ハルトくんとよく会ってるって言ってたよ？　ちゃんとハルトくんに言えるかなぁ」<br/>
「それはこいつがケリつける話だ。俺の知ったこっちゃねぇ――が、まあ、俺にやり直そうと言われたことにでもさせるか」<br/>
「そんなウソつかせてどうするの？」<br/>
「そしたらハルトの恨みが俺にくるだろ？　こいつはただひとつの逃げ場を、ギリギリなくさないですむかもしれない」<br/>
「――あんたって、冷たいのか優しいのか、いい加減なのかズボラなのかよくわかんないね」<br/>
「おい、それ最後のほうひとつも褒めてないぞ」<br/>
「だってほめる気ないもん」<br/>
　リリが寝返りをうった。そのスキに、洋輔はにぎられていた左手を離した。<br/>
　自分のその手を、洋輔はじっと眺めている。さっきまでリリが離さなかった左手は傷あとだらけで、とても痛々しい。<br/>
　洋輔の運命を変えたケガ。いつも憎らしそうに見るその左手を、この日の洋輔は、不思議ととても穏やかなまなざしで見てたっけ。<br/>
「――なあ、暗くしてもらっていいか？」<br/>
　寝ているリリが起きないように、だよね？　部屋の明かりを消す。<br/>
　台所の電気が間接照明みたいになって、柔らかい光で部屋を照らす。あと月の光が。<br/>
　タバコの火を消して、洋輔は窓の外を見た。<br/>
「今夜は満月だったか。満月の夜はなにかが起きるっていうが、本当かもな」<br/>
「なにその発言。似合わなさすぎ」<br/>
　とか言いながら、電気を消したついでに持ってきたビールを渡す。<br/>
「うるせぇよ――知ってるか？　こいつには、月の光がとてもよく似合うんだ」<br/>
　リリの頭をそっとなでる。<br/>
「おやすみ、リリ」<br/>
　そのまま朝まで、洋輔は飽きもせず、ずっとリリの寝顔を見ていたみたい。<br/>
　アタシは寝ちゃったけどね。<br/>
<br/>
　　　１０<br/>
<br/>
　それから、しばらくリリは悩んでたようだった。<br/>
　１０日後くらいに報告がきた。思い切ってハルトくんと会って、さよならを言ったって。<br/>
　電話をかけてきたのはハルトくんと別れたすぐあとで、ハルトくんをたくさん傷つけたって泣いてたっけ。<br/>
　告白されそうな気がしたって言ってた。<br/>
（だからね、わたし慌てて洋輔くんの話をしたの。――ねぇ、もしもあのとき、わたしが遮らなかったら、ユウくんは告白してくれてたのかな？）<br/>
（え、うーん）<br/>
（告白されてたら、わたしってどうしてたんだろう――）<br/>
（ちょっとちょっと！　ヒトのこと言えないけど、それフラフラしすぎ）<br/>
　アタシってば、思わず似合わないお説教したんだっけ。<br/>
（そりゃあさぁ。もしかしたら、そのときハルトくんはリリに告白しようとしてたのかもしれないよ？　でも、あんたは遮ったんでしょ？　だったら、洋輔を選んだってことなんだから、もうそれでいいじゃん）<br/>
（うん……そうだね。そうだよね）<br/>
　それからは、リリはどんどん元気を取り戻してまた以前みたいに――てわけにはやっぱりいかなかったみたい。洋輔にフラれる前と比べて、リリはやっぱりどこか寂しげで、そのせいかどうかはわかんないけど前より少し大人っぽくなった。<br/>
<br/>
　アタシはアタシで、あのあとすぐにシンくん呼び出して、で、彼氏ができたって報告したの。<br/>
（アヤのこと、すごく愛してくれてるの。だからアヤにとっても、いちばん大事なヒトなんだ）<br/>
　って言ったら、シンくんったらすごく寂しそうな顔しちゃってさぁ。それにすごくキュンときて、衝動的に言っちゃった。<br/>
（だからシン君は、アヤの２番目に大事なヒトだよ。ね、これでおんなじでしょ？）<br/>
　で、キスしちゃった……。<br/>
　失敗したかなぁと思ったけど、もう時すでに遅しで、あたしのフタマタ生活がスタートして。<br/>
　その彼氏とはすぐに別れて、慌ててすぐにまた新しく彼氏作って。そうやって、シンくんとの微妙な関係はしばらく維持されてた。<br/>
　でも、それも最近やめたんだ。<br/>
　シンくんが、以前よりも向き合ってくれるようになったのを感じたから。アタシも、もうすこし向き合ってみようかなって。<br/>
<br/>
　noiseもライブをこまめにやって、応援してくれるヒトも増えてきて。ハルトくんもだんだん元気になってきてるみたいで、少しずつ、少しずついろんなことが前に動きはじめた頃だった。<br/>
　すっかり寒くなった１２月。クリスマスネオンが街を彩る中、カフェでシンくんとパフェを食べていた。<br/>
　そしたらシンくんがゆうの。<br/>
「なんかさ。リクが、田舎に帰るって言い出したんだよね」<br/>
　リクっていうのは、noiseのドラムをヘルプで叩いてくれているヒトね。掛け持ちでいくつかのバンドを手伝ってるみたいなんだけど、noise以外のバンドはそんなに活動的じゃないみたいで、けっこうnoiseにスケジュールあわせてくれて助かってるんだって。<br/>
「へぇ」<br/>
　アタシは大して興味も持てないまま、気のない返事をした。<br/>
「もうすぐ年末だもんね。じゃあ戻ってくるのは年明け？」<br/>
「もう戻らないってさ」<br/>
「そうなんだ、じゃあしばらく４人で練習できないね……て、えぇ！？」<br/>
「なんかさ、お父さんが農作業中にケガしちゃったとかでさ。寂しがってるみたい」<br/>
「リクくんって頼りになるもんね。帰ってきてほしいってお父さんの気持ちわかるかも……で、でもじゃあnoiseはどうすんのよ！？」<br/>
「うん。いままでリクを専属みたいにしてたからさぁ。だれか新しいドラマーを探さなきゃなんだけど……ひとり候補がいてさぁ」<br/>
「なんだー。じゃあよかったじゃない。さすがnoiseくらいになると、いっしょにドラム叩きたいって言ってくれるヒト、すぐ見つかるんだね」<br/>
　すっかり安心して、またパフェを食べようとしたら、シンくんが相変わらずウーンって唸ってて。<br/>
「それがさぁ。なんか彼が、ヘルプじゃなくて、正式なメンバーとして加入したいって言ってきてるんだよね」<br/>
　えぇ！？　アタシはまたしても驚きの声をあげた。<br/>
「正式なメンバーって、でもnoiseは……」<br/>
　もともとnoiseは、洋輔のケガが治ったらまたいっしょにバンドやれるようにって思いで作ったバンドのはずだった。<br/>
　だから、正式なメンバーとしてドラマーを迎え入れるはずがない。ただ……。<br/>
「ほら、最近リリの件があったろ？　オキにさ、この前相談されたんだよね。たとえばいずれ洋輔がnoiseに入るとして、ハルトと洋輔と、なんのわだかまりも持たずにバンドを続けていけるだろうかって」<br/>
「う、うーん」<br/>
　それは確かに。<br/>
「ぼく的にはさ、この際新しいドラマー入れちゃえばいいって思うんだけど」<br/>
　洋輔とそんなに親しいわけではないシンは、しれっとそんなことを言ってくる。<br/>
「だってさ、オキのいうとおり、ハルトとそんなわだかまりがあったりしたらバンド活動に支障出るの避けられないし、だいいち洋輔ってまだドラム叩ける状態じゃないんだろ？　ぼくたちは、全メンバーが揃うまでいつまで待たなきゃいけないんだって話だよ」<br/>
「それはそうだけど」<br/>
「オキもハルトも甘すぎるんだよ」<br/>
　だんだん興奮してきたシンは、グーにした手をテーブルに叩きつけそうな勢いだった。<br/>
「勝手に事故ってケガしてグレて、一方的にバンド解散してリリもフってあとは知らん顔しててさ。で、ハルトが時間かけてやっと恋を実らせようとしてたら『やっぱり返して』みたいな感じでまた奪っていったんだろ？　そんな自分勝手なヤツの席なんて、これ以上あけとく必要ないってッ」<br/>
「ああもう、言いたいことはわかったからツバちらさないでー！」<br/>
「ごめんごめん、けど！」<br/>
　ドン。シンくんは控えめにテーブルにこぶしを叩きつけて宣言した。<br/>
「ぼくはイヤだね！　そんなヤツとなんか、ぜったいバンド組んでやるもんか」<br/>
　迫力とかまるでなかったけど、平和主義者のシンくんが本気で怒っているのを見るのはこれがはじめてだった。<br/>
　アタシはパフェを食べながら思う。<br/>
　このパフェみたいには、やっぱりモノゴト甘くはないんだなって。<br/>
<br/>
　そういえばあの日――シンくんとはじめて会った日に、シンくんと、オキとハルトくんにnoise結成を知らされる中で、こんな質問したんだった。<br/>
（ねぇ、なんでバンド名をnoiseにしたの？）<br/>
　そしたらハルトくんが教えてくれた。<br/>
（うーん、このまえ音を編集しててさ、これノイズだらけで使えないって思ったときに感じたんだ。これって生きることに似てるなって）<br/>
　ハルトくんはこう続けた。<br/>
　悩んで、苦しんで、生きてると雑音だらけだ。いろいろめんどくさいけど、たまに嫌になったりもするけど、それでも僕らは生きていかなきゃならない。<br/>
　だったら――どうせ雑音にまみれて生きていかなきゃならないんならさ、少しでもその雑音を楽しめたらって。それがきっかけなんだよ。<br/>
<br/>
　『生きてると雑音だらけだ』って言ったときにハルトくんが一瞬見せた苦しそうな顔を、アタシはたまぁに思い出す。<br/>
　けっきょくみんなおんなじなんだなって思う。<br/>
　ハルトくんもシンくんもオキも、洋輔もリリも、もちろんアタシも。<br/>
　みんないろいろあって、いつもそれなりに悩みを抱えてて。<br/>
　ハルトくんの言葉を借りれば、雑音だらけの人生を歩いてるんだ。<br/>
「どうしたの？」<br/>
　急に黙り込んだアタシを、シンくんが心配してくれる。<br/>
「ううん、なんでもないよ。はい、アーン」<br/>
　そう言いながらパフェをスプーンですくって、シンくんに食べさせてあげた。<br/>
　甘いものが大好きなシンくんは、さっきまでの怒りはすっかり忘れたみたいな嬉しそうな顔してパフェを頬張る。<br/>
　子供みたいなシンくんの表情を眺めながら、一瞬雑音の中にピュアな音を見つけだせた気がして、とても幸せな気分になった。<br/>
</span>
<br />
　　優しくきゅっと - noise Vol.05 - 終<br />
<br />
　<span class="font_red">&#32;&#62;&#62;&#32;</span> 【<a href="http://www.cnovels.com/shortstory/noise05-04.html">noise Vol.05 - 07・08</a>】 に戻る<br />
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<title>優しくきゅっと - noise Vol.05 - 07・08</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.cnovels.com/shortstory/noise05-04.html" />
<modified>2010-05-01T03:35:28Z</modified>
<issued>2009-10-08T10:48:48Z</issued>
<id>tag:www.cnovels.com,2009://2.18567</id>
<created>2009-10-08T10:48:48Z</created>
<summary type="text/plain"> 　　　７ 「もう、なんでよ！」 　電車を降りた直後、声に出して文句を言った。 　なんでこんな日に限ってお店超忙しくて、しかもシフトに穴があいたりするんだろう。 　何度も見た腕時計の針をまた確認する。深夜１１時ちょうど。 　リリといったん別れてから、もう４時間が経ってしまっていた。 　アタシがバイトしている居酒屋は、基本いつも忙しい。 　安いし、どのメニューもけっこう美味しいしね。あと、なんでか店...</summary>
<author>
<name>千歳</name>
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<email>ckotoba@gmail.com</email>
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<dc:subject>050_noise (バンド系恋愛小説)</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.cnovels.com/">
<![CDATA[<span style="font-family:'ＭＳ Ｐ明朝','平成明朝',serif;">
　　　７<br/>
<br/>
「もう、なんでよ！」<br/>
　電車を降りた直後、声に出して文句を言った。<br/>
　なんでこんな日に限ってお店超忙しくて、しかもシフトに穴があいたりするんだろう。<br/>
　何度も見た腕時計の針をまた確認する。深夜１１時ちょうど。<br/>
　リリといったん別れてから、もう４時間が経ってしまっていた。<br/>
　アタシがバイトしている居酒屋は、基本いつも忙しい。<br/>
　安いし、どのメニューもけっこう美味しいしね。あと、なんでか店員の女の子がみんなかわいいの。もちろんアタシも含めて。<br/>
　あの店長、面接ぜったい顔で選んでる。<br/>
　ただ、いつも忙しいお店だということを抜きにしても、今夜の忙しさは異常だった。<br/>
　あーあ。ため息をつく。<br/>
　ひさしぶりにリリがウチに泊まりにきてるっていうのに。<br/>
　アタシはいろいろあったきょう一日の出来事を、急いで帰りながら振り返った。<br/>
<br/>
　午前中はリリといっしょに授業を受けた。授業の内容は予想通り退屈で、でもそれなりにがんばって勉強して、やっと終わってからふたりで食堂に行った。<br/>
　今日はなんとなくコリアンな気分だったからビビンバセットにした。リリはおそばを頼んだんだけど、ぜんぜん食べなくて。<br/>
　ほとんど食べないままリリがおはしを置いたので、さすがに心配になってきいたの。<br/>
「リリ、ぜんぜん食べてないじゃん。どうしたの、具合悪いの？」<br/>
「ううん、大丈夫」<br/>
　元気のない声が返ってくる。<br/>
「ダメだよ食べないと。最近すごく痩せてきてるし。カラダ壊しちゃうよ」<br/>
「うん……ねえアヤ。このあと時間とれないかな？」<br/>
「え、どうしたの？」<br/>
「あのね、ちょっと相談したいことがあるの」<br/>
「そうなんだ――アタシに相談なんて最近めずらしいじゃん、もしかして恋愛系？」<br/>
「……うん、そんなようなもんかな」<br/>
　リリがうつむき加減に笑いながらゆうのを見てピンと来た。<br/>
　たぶんハルトくんのことだ！<br/>
　３ヶ月と少し前――６月にnoiseの初ライブがにあって。<br/>
　リリはハルトくんに招待されて観に行ってた。オキ情報によるとそれ以来、ふたりはしょっちゅう会っているらしいのだ。<br/>
　時々バンドの練習にまで顔出すようになったんだって！　それってすごいじゃん。もう付き合ってるんじゃないの？　って思ったけど、それはまだビミョーなところらしい。<br/>
　オキの見解としては、ハルトはとにかく慎重で、リリを傷つけたくなくて、それで告白に踏み切れてないんだって。<br/>
　慎重って、それって臆病なだけなんじゃ？　と思わないでもないけど、そう考えるハルトくんの気持ちもわからないでもなかった。<br/>
　リリはたぶんいまだに洋輔を忘れられてないもの。だってリリ、やっぱりいまだにどこか元気がない。きょうだっておそば半分も食べてないし。<br/>
　それじゃもしかして、慎重だったハルトくんがついについに告白したとか！？　胸が高鳴る。洋輔と別れて以来、ぜんぜん恋バナとかしてこなかったリリがいきなり恋愛相談だなんて、それくらいの大事件が発生したに違いないよ！<br/>
「じ、じゃあリリ。きょうはウチに泊まりにきたら？」<br/>
　だって、それはじっくり話をきかせてもらわなければ。<br/>
　最初からそれもいいかなと思ってたみたい。急な提案をすんなりオッケーしてくれる。<br/>
　そのあと真面目に午後の授業に出て、夕方になってふたりで新宿に買い物にでかけて、じゃあそろそろウチに行こっかってなったときだった。突然オキから電話がかかってきたの。<br/>
「やばいアヤ！　きょう店異常に忙しくて、しかも斉藤のヤツが休みやがってまわらねぇ！　悪いが１時間でいいから手伝いにきてくれないか！？」<br/>
「えぇー！」<br/>
　オキとアタシは同じ居酒屋でバイトしてる。<br/>
　でもこんな電話っていままでかかってきたことなくて、それだけ忙しいんだろうなって思った。<br/>
　助けてあげたいけど……いくらなんでもタイミング悪いよ！<br/>
　これからリリの恋愛トークきくんだから。<br/>
　というわけで断ろうとしたときにリリがゆうの。<br/>
「わたしはだいじょうぶだから行ってきたら？　オキくん助けてあげなよ」<br/>
「ええ、だってこれから」<br/>
「わたしアヤんちでお酒でも飲みながら待ってるからさ。それに、このまえオキくんに相談に乗ってもらったんでしょ？」<br/>
「う、それはそうだけど」<br/>
　このまえっていうのは、アタシがシンくんにフラれた夜のことね。なんだかんだでもう２ヶ月以上も前の出来事になる。<br/>
　アタシとリリって恋愛観が違いすぎて――アタシがぶっちゃけトークしたらリリってドン引きしそうだし――だから男関係の話はこっちからはほとんどしないんだけど、シンくんのことは話したの。<br/>
　とてもつらかったから。男の子に他に好きなヒトがいるって言われて、こんなに苦しい気持ちになったのははじめてだった。<br/>
　もしかしたらリリならわかってくれるかもしれない。それで思い切って相談したら、やっぱりリリはわかってくれて。その日はウチで、いっしょに泣きながらお酒飲んで過ごした。<br/>
　そのときにいっしょに話したんだった。フラれた日にオキんちに押しかけて、いろいろ迷惑かけちゃったって。<br/>
　あの日オキは、アタシが泣き止むまでずっとかまってくれた。<br/>
　で、大泣きしたらある程度すっきりして、お風呂入りたくなったからお風呂借りて、ベッドも占領しちゃって、あの夜はかなり迷惑かけたと思う。<br/>
　確かに借りを返すならいまだよね。少し考えて決めた。<br/>
「じゃあ、ちょっと行ってくる。なるべく早く帰ってくるからゆっくりしててね」<br/>
「うん、わかった」<br/>
「鍵は、いつものところに隠してあるから」<br/>
「うん」<br/>
　リリはにっこり笑ってひらひらと手をふった。<br/>
「じゃあ、いってらっしゃい。がんばってね」<br/>
<br/>
　それで急いで働きに行ったらマジ忙しくて。<br/>
　ひさしぶりに、働いてて泣きそうになった。<br/>
「オキ！」<br/>
　立て続けにジョッキにビールを注いでるオキに声をかける。<br/>
「なんだ！」<br/>
「超忙しい！」<br/>
「知ってる！　ほらこれＢ卓持ってって！」<br/>
「もうやだぁ」<br/>
「おい、泣いてもいいがビールこぼすなよ」<br/>
「オニ！」<br/>
　そんな感じであっという間に３時間経って。<br/>
　やっとお客さん片付いてきたので、もう帰ることにした。<br/>
「じゃあ、アヤこれで帰るから」<br/>
「おう、ありがとな！　マジ感謝してっから」<br/>
「うん、でも」<br/>
　ビシッとオキを指さす。<br/>
「これでこのまえの借りは返したからね？」<br/>
　それをきいてオキがきょとんとした顔をする。<br/>
「……このまえって、なんのことだ？」<br/>
「わかんなかったらいい」<br/>
　なんだ、やっぱり気にしてなかったんじゃん。<br/>
　ちょっと拍子抜けだったけど、オキのそんなところ、やっぱり嫌いじゃないな。<br/>
<br/>
　電車に乗って、ウチの最寄り駅についた頃には１１時――で、いまに至るってわけ。<br/>
　いっぱい待たせちゃったなー。<br/>
　仕事が終わってすぐリリのケータイに電話したんだけど、出てくれなくて、ちょっと不安になる。<br/>
　もいちどかけようかって悩んで、でも待ってるうちに寝ちゃってるのなら起こすの悪いし、とにかく急いで帰らなきゃって思ってそれ以来連絡してない。<br/>
　寝てるんだったらまだいいんだけど。もしかして怒って帰っちゃってるんだったらどうしよう。<br/>
　不安に感じながらも、アタシはワクワクが抑えきれなかった。<br/>
「ハルトくん、ついに告白……したんだよね？」<br/>
　相談内容を勝手に想像しながらひとり呟く。<br/>
　オキ情報によると、ハルトくんとリリは、６月のnoise初ライブから急接近したらしい。<br/>
　もう９月だから、３ヶ月が経っている。<br/>
　洋輔にリリがふられたのは３月だったから、しらないうちに半年も経ってしまっていた。<br/>
　リリ、洋輔なんてもう忘れちゃいなよ。<br/>
　だってアタシたちいま２１歳なんだよ？　女子大生で、キャンパスライフは毎日忙しくて。<br/>
　楽しいことも、嬉しいこともたくさんあるはずなのに。この半年間、リリずっと元気ないじゃん。<br/>
　ふられた相手を――自分を好きじゃないヒトを想い続けても意味なんてない。ただつらいだけだよ。<br/>
　それよりも、自分を見てくれてるヒトのところにいっちゃったほうが楽だし、ぜったい幸せになれるって。<br/>
<br/>
（好きだよ。けど――たぶん愛せない）<br/>
<br/>
　ふいにシンくんの言葉を思い出す。ズキリ。瞬間胸に痛みを感じて、手で押さえた。<br/>
　他にいちばん好きな人がいるってシンくんに言われてから、もう２ヶ月以上経っていた。<br/>
　リリ、アタシは待たなかったよ。<br/>
　もう他に好きなヒトを見つけて、彼女にしてもらったよ。<br/>
「リリ、アタシ幸せだよ」<br/>
　ホントに？　じゃあこの胸は、なんで痛いの？<br/>
　自分自身のとても素朴な質問に、ただ首をふる。これでいいんだもん。<br/>
　アタシをいちばんにしてくれないヒトなんか、待ったりしないんだから。<br/>
<br/>
　１０分くらい歩くとウチが見えてきた。<br/>
　築２０年くらいの２階建てのアパートは、ちょっとボロっちいけどその分安くて、ひとり暮らし用なのにけっこう部屋が広い。<br/>
　借りてる部屋は２階の角部屋で、しかも１階の住民は留守が多い。だから音とかもそこまで気にしなくてよくて、アタシはけっこうこの部屋が気に入ってた。<br/>
　アパートにやっと到着して、２階に上がって部屋の前までいくと、台所の窓から明かりが漏れていてほっとした。<br/>
　明かりがついてるなら、たぶんリリはいてくれてる。<br/>
　鍵を開けて、部屋に入る。やっぱりリリの靴があった。よかったー。<br/>
「ただいまー」<br/>
　返事はない。やっぱり寝てるのかな？<br/>
「リリ？」<br/>
　キッチンを横切って、メインの部屋に続く扉を開けた。<br/>
　いた。リリはカーペットの上で横になっていた。アタシんちに来たときにはいつも着る、ウチに置いてある青いトレーナーを着て、酔いつぶれたみたいに力なく横たわっている。<br/>
　テーブルにはリリがコンビニで買ってきたらしきお菓子とかが広がっている。テーブルの横に、酎ハイやカクテル系のお酒の空き缶が入った袋があった。袋はけっこうふくれてて、ひとりでこんなに飲んだのって思ってびっくりした。<br/>
　横たわっているリリは少し青ざめているように見える。酔っぱらって寝ちゃったんだね。<br/>
　急に、アタシの中のもうひとりのアタシが悲鳴をあげた。<br/>
　アタシはその悲鳴の意味になかなか気づけなかった。ネガティブなアタシ――ダークアヤは、半狂乱で悲鳴をあげ続けている。<br/>
　アタシはダークアヤにすっかり置いてゆかれて、心をなくしたみたいにぼうぜんとリリを眺めることしかできなかった。<br/>
　目を閉じて、眠っているいるようにしか見えないリリ。飲みすぎたせいで気持ちが悪いのか、眉間にしわが寄っているのがわかる。<br/>
　テーブルにはお菓子と、あと風邪でもひいたのかな、病院でもらうようなお薬の袋が置かれてあった。<br/>
　お薬の袋を手に取ってみる。青空メンタルクリニックと印刷されてる。中は空っぽだった。<br/>
　視線をカーペットに落とす。錠剤の包装――プチプチ取り出すシートみたいなやつ――が２枚落ちていたから拾った。１枚で１０錠が入るタイプのプチプチに、薬は１錠も残っていなかった。<br/>
「リリ――？」<br/>
　このときになってはじめてアタシは、ダークアヤが悲鳴をあげ続けている理由を理解した。<br/>
「リリ！？」<br/>
　慌ててリリの様子を確かめようとして、テーブルのカドに肘がぶつかる。反動でテーブルに立っていた酎ハイが倒れ、中身がこぼれた。<br/>
「リリ！」<br/>
　激痛を無視して、リリを思いっきり揺さぶる。<br/>
「リリ！　しっかりして！　目を覚まして！」<br/>
「……うん」<br/>
　リリがうめき声をあげる。反応があったことにほっとして、次にどうしたらいいんだろうと必死で考える。けれどパニック状態の頭はうまく回ってくれない。どうしよう、どうしよう。しらないうちに、同じ言葉をひたすら繰り返してた。<br/>
「ようすけ……くん」<br/>
　まだ目を覚まさないリリが、元カレの名前を呼んだ。<br/>
　その瞬間、アタシは携帯電話を手にとって電話してた。<br/>
『……もしもし』<br/>
　懐かしい声が電話の向こう側で聞こえる。<br/>
「洋輔、どうしよう、リリが、リリが死んじゃう！」<br/>
　助けを求めて、アタシは叫んだ。<br/>
<br/>
　　　８<br/>
<br/>
　電話に出てくれた洋輔に必死で説明しようとした。でもすっかりパニック状態のアタシはぜんぜんちゃんと喋れない。悲鳴まじりの説明を、洋輔はガマン強くきいてくれてる。<br/>
　と思っていたら、急に厳しい声でゆうの。<br/>
『もういい。いっかい黙れ』<br/>
「どうして！？　だってリリが……！」<br/>
『いいから黙れ！』<br/>
　さっきより強い口調で命令されて、反射的に従ってしまう。<br/>
　アタシが黙り込んだのを確かめたあと、洋輔は次の指示を出してきた。<br/>
『……よし、じゃあ深呼吸しろ』<br/>
　言われるがまま深呼吸を繰り返す。１回、２回、３回。<br/>
『少しは落ち着いたか？』<br/>
「う、うん」<br/>
『ならこれから俺の質問だけに答えろ。いいな？』<br/>
「わかった！　あのね、リリがウチで倒れてて、洋輔を呼んでて……！」<br/>
『だから喋るなって』<br/>
　舌打ちしながら洋輔が厳しい声でゆう。<br/>
「あ、ごめん」<br/>
「とにかく質問するから答えろ。いまの話をまとめると、おまえとリリは、アヤ――おまえのウチにいるな』<br/>
「うん」<br/>
『おまえはバイトしてて帰りが遅くなった。で、帰ってみると、先に来ていたリリが倒れていた』<br/>
「うん」<br/>
『リリは、酒と、薬を大量に飲んでいる可能性が高い』<br/>
「うん、そう」<br/>
『酒は、どれだけ飲んでる？』<br/>
　お酒の数を数えた。３５０ｍｌの空き缶５本と、それと飲みかけで倒れてしまい、カーペットに大きなシミを作っている缶が１本。<br/>
「３５０ミリが６本」<br/>
『よし、薬は？　何錠だ？』<br/>
「ええと、１０錠入りが２枚あるから、最高で２０錠」<br/>
『他になんかやばいもんはないか？　ガスが出っぱなしとか、手首切ってるとか』<br/>
　とんでもないことを言われて、ゾッとしながら確かめた。<br/>
　ガスの匂いはしない。リリも――よかった、どこもケガしてない。<br/>
「大丈夫、どこもケガしてないし、ガス漏れとかもないよ」<br/>
『そうか。じゃあ、これから俺のいうことをよくきいて、俺がそっちにつくまで、そのとおりにするんだ。いいな？』<br/>
「洋輔、来てくれるの？」<br/>
　よかった。それがわかっただけでとても安心して、泣きそうになる。でもいま泣いちゃダメだと思ってガマンした。<br/>
『まず、リリの目を覚まさせろ。ひっぱたいてでも起こせ』<br/>
「うん」<br/>
　ためらわず、言われたとおりリリをひっぱたく。<br/>
　リリがうめき声をあげる。<br/>
「リリ、起きて！」<br/>
　繰り返し頬を叩く。<br/>
「う……ん」<br/>
「リリ！」<br/>
「だれ……？」<br/>
「アタシだよ、アヤだよ！」<br/>
「アヤ？　やめて、痛いよ」<br/>
　その声が洋輔にも聞こえていたみたいで、携帯電話をまた手に取ると洋輔が言った。<br/>
『そのまま寝かすなよ。また叩いてもいいから、起こしておくんだ』<br/>
「う、うん」<br/>
『あと、水をいっぱい飲ませろ。で、吐くようなら吐かせろ』<br/>
「うん――ねえ、リリ死なない？」<br/>
『死ぬわけねえだろ。それくらいの酒の量じゃ急性アルコール中毒にはなりようがねぇよ』<br/>
「じゃあ薬は？　２０錠くらい飲んでるよ？」<br/>
『医者が通院患者に処方するような薬、何錠飲んでも死なねぇよ。気になるといったら、吐いたもんで窒息することくらいだ。それもちゃんと起こして吐かせれば心配ない』<br/>
　そうなんだ。よかったー！<br/>
　ほっとしてその場にへたり込む。<br/>
『ちゃんと起こしとけよ。なにかあったらまた電話しろ。いまから行くから』<br/>
　そう言って、電話が切れる。<br/>
「ほら、リリ起きて」<br/>
　アタシはリリの上半身を一生懸命起きあがらせた。ベッドを背もたれがわりにして座らせる。<br/>
　リリは、眠いとか、洋輔くんは？　とか、ききとれないような声で呟いている。<br/>
「いい、寝ちゃダメだからね？」<br/>
　そう命令してから台所に移動する。<br/>
　２リットルのミネラルウォーターとグラスを持って部屋に戻る。水をグラスに注いで、ブツブツつぶやいているリリに持たせようとした。<br/>
「ほら、水飲んで」<br/>
　のどが渇いてたのか、最初のうちリリはおとなしく水を飲んでくれてたけど、３杯目くらいから嫌がるようになった。<br/>
「もういらない。おなかいっぱいだよー」<br/>
「ダメだよ飲んで」<br/>
「……気持ち悪い」<br/>
「え、吐きそう？」<br/>
「ううん、大丈夫」<br/>
「そう……ねえ、なんでひとりでこんなにお酒飲んじゃったの？」<br/>
「……よく覚えてない」<br/>
「覚えてないって……」<br/>
「ええとね」<br/>
　話しているうちにだんだん意識がはっきりしてきたみたい。リリはさっきよりはしっかりした声で話してくれるようになった。<br/>
「今日ね、わたしアヤに相談したいことがあるって言ってたでしょ」<br/>
　すっかり忘れてた。アタシはうなずいた。<br/>
「ずっと悩んでて、誰かに相談したくて。だけど、ユウくんには相談できなかった」<br/>
「ユウ……ハルトくんとは最近けっこういっしょにいたんだよね？」<br/>
　ユウくんという呼びかたはリリだけがしているハルトくんの呼びかたで、アタシも呼ぼうとしたんだけどうまく言えなくてハルトくんと言い直した。<br/>
「うん。ユウくんは、ずっとわたしを慰めてくれてた。洋輔くんとお別れしちゃって、寂しくてどうにかなりそうだったわたしのそばに、いてくれた」<br/>
「そうなの。よかったね、ハルトくんがいてくれて」<br/>
「わたし、ユウくんが好きだよ」<br/>
　リリは告白した。<br/>
「高校３年生のときに予備校で出会ってから、少しずつ、ゆっくりと、ユウくんはわたしにとって大切な存在になっていってくれた」<br/>
　ねえ、ユウくん。リリがそう話しかけてくる。リリはいつの間にか、アタシをハルトくんと間違えてるみたいだった。<br/>
「覚えてる？　あなたとはじめて行った海は冬だからとても冷たくて――けれどわたしは子供みたくはしゃいでたね」<br/>
　懐かしそうに目を細めて、そしてアタシの手をきゅっとにぎる。<br/>
「そんなわたしの手を、転ばないようにって、ずっとにぎってくれていた」<br/>
「リリ――」<br/>
「手、あったかかった」<br/>
　そう言って大切そうに、にぎった手を頬に寄せた。<br/>
　どうしよう。リリのこんな告白、アタシがきいてていいのかな。<br/>
「そのとき思ったの。あなたはわたしのことをずっと見ていてくれる。なにがあってもそばにいてくれるヒトだって、そんな気がしたの」<br/>
　ニッコリと微笑む。<br/>
「――ホントだよ？」<br/>
「リリ――あのねアタシはハルトくんじゃなくて」<br/>
「でも、洋輔くんがもっと好き」<br/>
　リリが、アタシの言いかけたのを無視して言った。<br/>
「いままでユウくんがそばにいてくれて、すごく嬉しかったよ。あの日海で感じたみたいに、やっぱりユウくんはわたしをずっと見ていてくれる人だって思った。けどね、やっぱり忘れられなかったの」<br/>
　リリの頬を涙が伝う。<br/>
「ごめんねユウくん。わたしやっぱり洋輔くんが好き。洋輔くんがわたしのこと、もう嫌いになってるとしても」<br/>
　インターフォンが鳴った。<br/>
　リリの手をそっとほどいて、玄関のドアを開けに行く。洋輔が立っていた。<br/>
「リリの様子は」<br/>
　ここまで走ってきたんだと思う。息を切らせながらきいてくる。<br/>
　久しぶりに会った洋輔は無精ヒゲがけっこう生えてて、なんか以前とは違ったトガった感じがした。<br/>
「入って」<br/>
　久しぶりに会った洋輔になんて答えたらいいかわからず、それだけ言って洋輔を迎え入れる。<br/>
「洋輔くん」<br/>
　リリが洋輔の名前を呼ぶ。けれど、それは洋輔を見つけたからじゃなかった。<br/>
　相変わらず、リリの目はなにも見てない。目の前の洋輔でさえ目に入ってなくて、涙に濡れた瞳は、ただ幻の洋輔くんを追っているようだった。<br/>
「どうして行っちゃったの？　なんで振り向いてくれないの？」<br/>
　悲しみにゆがんだ顔で、リリが訴える。<br/>
「リリ」<br/>
　洋輔が、リリと同じくらいつらそうな顔で、以前の恋人の名前を呼んだ。<br/>
　でもその声は聞こえなかったみたいで。やっぱりリリはなにもない空を見て、洋輔に話しかける。<br/>
「もうわたしを嫌いになったの？　イヤだ。離れていかないで！」<br/>
　声はだんだん大きくなっていく。普段のリリからは想像ができないヒステリックなその声を、洋輔は立ちすくんだまま聞いていた。<br/>
「だったらもう殺して！　イヤ！」<br/>
　リリは悲鳴をあげた。<br/>
「もうイヤ！　イヤ！　殺して！　もうイヤだ！　もう、もう――」<br/>
　洋輔がリリに駆け寄って、ギュッと抱きしめた。<br/>
「殺してよ！　やだ、やめてよー！」<br/>
　暴れるリリの手が、洋輔の顔を激しく打った。洋輔はそれでもリリを抱きしめ続けた。強く、だけどとても優しく。<br/>
「やめて、放して！　放して！　はなして！」<br/>
　リリのツメが、洋輔の首筋を引っ掻いた。シャツのボタンを引きちぎって、胸に爪をたてる。<br/>
「リリ」<br/>
「殺して！」<br/>
「――リリ」<br/>
　洋輔は、暴れるリリをただ抱きしめて繰り返し名前を呼ぶ。その声に、とても深い愛情のようなものを感じてドキリとした。<br/>
　急にリリが黙り込んだ。目が見開かれてた。<br/>
　リリの口元には、洋輔の首筋があった。そのあたりの空気を、リリがすっと吸い込んだのがわかった。<br/>
「洋輔……くん？」<br/>
　リリのその感覚わかるって思った。好きなヒトの匂いは、嗅いだらすぐにわかるもの。<br/>
「ああ、俺はここにいる」<br/>
「戻ってきてくれたの？」<br/>
　リリが、あどけない顔と声できいた。<br/>
　洋輔はためらうみたいに目を閉じる。<br/>
　そしてまた開いたときの目は、びっくりするくらい優しかったの。<br/>
　あの洋輔が、こんなまなざしをするなんて、知らなかった。<br/>
　すこしカラダを離して、リリの顔が見えるようにする。優しい声で言った。<br/>
「そうだよ」<br/>
「……ホントに？」<br/>
「ああ」<br/>
「もうどこにもいかない？」<br/>
　大きな傷跡の残る左手をあげる。少し震えている手を、そっとリリの頬にあてた。<br/>
「おまえは俺がいないとダメなんだ。そうだろ？」<br/>
「うん、そう」<br/>
　リリが笑う。花のように。<br/>
「だからそばにいて。もう放さないで」<br/>
</span>
<br />
<br />
　<span class="font_red">&#32;&#62;&#62;&#32;</span> 【<a href="http://www.cnovels.com/shortstory/noise05-05.html">noise Vol.05 - 09・10</a>】 に続く<br />
　<span class="font_red">&#32;&#62;&#62;&#32;</span> 【<a href="http://www.cnovels.com/shortstory/noise05-03.html">noise Vol.05 - 05・06</a>】 に戻る<br />]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>優しくきゅっと - noise Vol.05 - 05・06</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.cnovels.com/shortstory/noise05-03.html" />
<modified>2010-05-01T03:34:30Z</modified>
<issued>2009-10-06T13:52:22Z</issued>
<id>tag:www.cnovels.com,2009://2.18565</id>
<created>2009-10-06T13:52:22Z</created>
<summary type="text/plain"> 　　　５ 　シンくんとはじめてエッチするようになってからずっと、アタシはシンくんに夢中だった。 　あ、正確にはあの日、noiseの初ライブで彼の歌を聴いてからなのかなぁ。 　シンくんの歌声は予想してたよりずっと素敵で魅力的だった。 　オキとハルトくんとシンくんにnoiseの結成を宣言されてから２ヶ月が経っていた。新曲も２曲あったけど、後は全部BREATHの楽曲だった。 　そう――同じ曲のはずなの...</summary>
<author>
<name>千歳</name>
<url>http://www.ckotoba.com/</url>
<email>ckotoba@gmail.com</email>
</author>
<dc:subject>050_noise (バンド系恋愛小説)</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.cnovels.com/">
<![CDATA[<span style="font-family:'ＭＳ Ｐ明朝','平成明朝',serif;">
　　　５<br/>
<br/>
　シンくんとはじめてエッチするようになってからずっと、アタシはシンくんに夢中だった。<br/>
　あ、正確にはあの日、noiseの初ライブで彼の歌を聴いてからなのかなぁ。<br/>
　シンくんの歌声は予想してたよりずっと素敵で魅力的だった。<br/>
<br/>
　オキとハルトくんとシンくんにnoiseの結成を宣言されてから２ヶ月が経っていた。新曲も２曲あったけど、後は全部BREATHの楽曲だった。<br/>
　そう――同じ曲のはずなのに、シンくんが歌うとまるっきり違った曲に聞こえた。<br/>
　ハルトくんが歌ってた頃も素敵だったけど、シンくんが歌うと、カラダの中に直接響いてくるような感じがしたの。<br/>
　みんな同じように感じてないんだったらアタシだけがそうだったのかなぁ。いまはもう慣れたけど、はじめてシンくんの歌を聴いたあの夜、立ってられなくて、ほとんど気を失ってるみたいだった。<br/>
　ライブが終わって１０人くらいで打ちあげしてる間もずっとフワフワしてて、心とカラダが離れたみたいになってた。説得した甲斐あってライブに来てくれたリリが、心配そうに話しかけてきてたけど、それもほとんど耳に入らなくて、ただシンくんの声がずっとアタシをかき回していた。<br/>
　そんな感じでずうっとボウっとしてたから、さすがにみんなが本気で心配しだして、このままだとよくないと思ったから先に帰ることにした。そのとき、隣に座ってたシンくんに「ね、そこまで送って」ってお願いしちゃったんだ。<br/>
　シンくんはお酒をあまり飲まないヒトで、慣れないライブですごく疲れてたみたいだったから、帰るいい口実になるって思ったんだろうな。すんなりＯＫしてくれて、いっしょにお店を出てくれた。アタシって本当に具合悪く見えてたみたいで、シンくんは歩きながらずっと心配してくれてた。それでますますキュンとしたアタシは、シンくんに抱きついちゃった。<br/>
「え、アヤちゃん？」<br/>
　シンくんが慌てた感じできいてくる。<br/>
「気持ち悪い……」<br/>
「ええ、吐きそうとか？」<br/>
「ううん……少し休めばだいじょうぶ」<br/>
「そうかぁ、このへんでどっか座れるとこあったかなぁ」<br/>
　シンくんから少しカラダを離して、うるんだ目でシンくんをじっと見つめて言った。<br/>
「アヤ、どこかゆっくりお休みできるトコいきたいなぁ」<br/>
「そうなの？」<br/>
　シンくんがなにかに気づいたみたいに、アタシの腰に手をまわしてくる。<br/>
「じゃあ、ホテル行こうか」<br/>
「うん、けどなにもしないでね？」<br/>
「もちろん」<br/>
　シンくんはそう言ってニッコリ笑った。<br/>
<br/>
　でも、実際にはなにもしないなんてあるわけなくて。<br/>
　ホテルに入ってすぐ、アタシたちはキスをした。頭のてっぺんからつま先まで痺れていくような、柔らかくて甘くて少しだけ痛いキス。<br/>
　そのままベッドに押し倒されて、カラダを密着させたら彼も熱くなってるってすぐにわかった。<br/>
　その次からのことは頭が痺れすぎたせいでほとんど覚えていない。<br/>
　彼が１回イクまでの間に、何回イッちゃったんだろう。気がついたら、甘い痺れに満たされた頭を、シンくんが優しくなでてくれていた。<br/>
「気持ちよかった？」<br/>
　アタシは答えなかった。だってよく覚えてなかったから。<br/>
「ね、うでまくらして」<br/>
　答える代わりにおねだりして、腕まくらしてもらう。<br/>
　少しずつ意識がはっきりしてくる。シンくんをじっと見た。困ったように話しかけてきたり、頭をなでてくれるシンくんが急に愛おしくなって、彼の肩を甘く噛んだ。かすかに漏れるシンくんの声がまた頭を痺れさせる。そのまま肩を何度も優しく噛んで、首筋を噛んで、身を起こしてシンくんにまたがって、鎖骨を噛んで乳首をそっと噛んだ。<br/>
　そのたびに声を漏らすシンくんに言う。<br/>
「アヤ、さっきしたエッチのこと、覚えてない」<br/>
「ええ！？」<br/>
　それがよっぽどショックだったらしくて、シンくんはさっきまでの甘い口調ではない普通の声できいてきた。<br/>
「な、なんで！？」<br/>
　気持ちよすぎてだと思うけど、よくわかんなかったから「わかんない」って答えたら、シンくんはさらにショックを受けてるみたいな顔になった。ちょっと罪悪感を覚えて言った。<br/>
「次はちゃんと覚えておくようにするね」<br/>
　そしてシンくんの乳首に何度もキスをして、また優しく噛んだ。そのままいろんなところにキスしたり噛んだりしながら、下にさがっていく。<br/>
　噛み癖が気になったのか、シンくんが不安そうにカラダをこわばらせたのが少しだけおかしかったけど、笑うのはガマンした。<br/>
　そして数分もしたら、アタシはまた真っ白な世界に連れて行かれてた。<br/>
<br/>
　その夜以来、アタシの頭の中はシンくんでいっぱいになった。<br/>
　オキがたまに指摘してくる通り、アタシはちょっと惚れっぽいところがあって、リリにもよく心配されたりする。でもね、同時に複数のヒトを好きになったりはしないんだよ。<br/>
　誰かを本当に好きになったら、もうその人しか見えない。他の人が入りこむ余地なんてこれっぽっちもなくなる。だからいま、アタシの頭の中はシンくんでいっぱいだった。<br/>
　メールは毎日送ったし、電話もたまにかけた。本当はもっとたくさんメールしたり電話したりしたかったけど、あんまり送りすぎて気持ち悪がられて嫌われたりとかするのヤだったからガマンした。<br/>
　シンくんはそんなアタシをちゃんと相手してくれて、メールも結構返してくれたし、電話もすぐに出てくれなかったりしても、あとでちゃんとかけ直してくれた。<br/>
　デートに誘ったらいつもオッケーしてくれるし、お泊まりも何度かした。アタシたちってすごくカラダの相性いいみたいで、するたびに気持ちよくなってゆく気がする。そして、シンくんを好きな気持ちも、どんどん強くなっていくの。<br/>
「好き、好き！」<br/>
　ある日、シンくんとつながってるときに夢中でそう言ってしまった。何度も何度も好きって繰り返したの。<br/>
　これまでシンくんに好きって言ったことは一度もなくて、これがはじめての告白だった。<br/>
　シンくんはそれにはなにも言わずに、ただキスで返してくれる。口をふさがれたら息をするのが苦しくなる。酸素が足りなくなって、ますますなにも考えられなくなっていく。そしてそのまま意識をほとんどなくしたみたいになる。<br/>
　つながったまま、この日も何度もイかされた。<br/>
　ずっとガマンしてくれてたシンくんもついに終わって、優しくキスしてくれたあと、慎重に離れた。少しして喋れるようになったら、アタシはシンくんをじっと見つめた。<br/>
「どうしたの？」<br/>
　穏やかな声で、シンくんは聞いてきてくれる。<br/>
「好きなの」<br/>
　正直に打ち明けた。<br/>
「アヤね、シンくんを好きみたい。すごく、すごーく好きみたいだよ」<br/>
「ありがとう」<br/>
　シンくんはとても嬉しそうな顔をして言ってくれた。でもそのあとすぐに困った顔をして目をそらす。その瞬間に後悔した。なんでこんなこと言っちゃったんだろう。<br/>
「ぼくも好きだよ」<br/>
　また目を合わせてそう言ってくれたシンくんの、けれど好きの言葉の意味はアタシとは違くて。<br/>
　こんな悲しい『好き』ははじめてだと思いながら、すがるようにきいた。<br/>
「ほんとうに？」<br/>
「うん、けれどいちばん、じゃないんだ。アヤのことは好きだけど、いちばん好きな人がほかにいるんだ」<br/>
　いまフラれてるんだと思った。打ち明けてくれてるシンくんはとても真剣で、それが余計にアタシの心を傷つけてゆく。<br/>
「なにそれ」<br/>
　カラダが冷えていくのを感じて、自分自身を抱きしめる。<br/>
「意味わかんない。好きだけどってなに？　好きじゃないなら、ちゃんとゆってよ」<br/>
「違うよ。好きだよ。けど――たぶん愛せない」<br/>
　こんな感じで、アタシはさっきまでお互いをあんなに求め合っていた相手にフラれてしまった。<br/>
　泣きだしたアタシを、シンくんがためらいがちに抱きしめようとしてくれる。<br/>
「放して」<br/>
　はじめてシンくんを拒否した。<br/>
　素直に手を放したシンくんが、壊れるくらい抱きしめてくれたらいいのにと思いながら泣いた。<br/>
<br/>
　少しして、ほとんど無言のままお互い服を着て、ホテルを出る。<br/>
　スタスタ歩くアタシを、シンくんは追いかけてきてはくれなかった。<br/>
　追いかけてくれたらよかったのに。<br/>
　そして、いまからでもギュってしてほしかった。<br/>
　それくらいずるいことができるヒトだったら、シンくんを嫌いになれたかもしれないのに。<br/>
「ウソみたい」<br/>
　そっとつぶやいてみる。いまこんなことを考えてるなんて。<br/>
　少し前まで、今日はなんて素敵な一日なんだろうって思ってたのに。<br/>
　ウソみたい。ウソみたい。さっきまで天国にいたのに。<br/>
<br/>
　　　６<br/>
<br/>
　そのまま、泣きながらタクシーに乗り込んだ。戸惑う運転手さんに行き先を教えながら、器用に泣きじゃくり続ける。<br/>
　１０分くらい移動して、目的地に着くとお金を払って外に出た。<br/>
　ちっちゃなアパートの１０３号室のイヤホンを押す。反応なし。むかついて連打する。<br/>
「んだよ、うるせーな！」<br/>
　そう言ってドアを開けたのはオキだった。<br/>
「――フン、おまえだろうと思った」<br/>
「なんでアヤってわかったの？」<br/>
「消去法だ、しょうきょほう」<br/>
　オキはダルそうに頭をゴシゴシかいた。<br/>
「こんな非常識な時間に連絡もせずにいきなり来るやつっていったらさ、泣いてるおまえだって決まってんだよ」<br/>
「だってだって」<br/>
　乱暴な言葉が、そのときはとても優しくきこえて、おさまりかけてた涙がまたぼろぼろとこぼれ落ちてくる。<br/>
「だって、誰かに会いたかったの。会って慰めてほしかったの。アヤね、とーってもかわいそうなんだよ？」<br/>
　はいはい。オキがテキトーに言いながら部屋に入れてくれた。<br/>
　オキの部屋は相変わらずいろんなものがたくさんありすぎてウザかった。音楽関係のよくわかんないキカイとか本とか、ＣＤとかそこらじゅうに散らかっている。<br/>
　台所の洗濯カゴには洗濯物がこれでもかって積みあげられてて汚い。どうしてこんなになるまでほっとくんだろう。もっとこまめに洗濯すればいいのに。これじゃカビ生えちゃうよ。<br/>
　このまま洗濯開始しちゃおうかと本気で悩みかけてて、思い直す。そうだ、アタシいま失恋したてのかわいそうな女の子だったんだ。というわけで失恋したての女の子らしく、オキが出してくれたおっきなクッションに座って大人しく座っておくことにした。<br/>
　ぼうっとしてると、オキが麦茶を出してくれる。<br/>
「ビールがいい」<br/>
　おねだりしてみる。<br/>
「おまえふざけんなよ」<br/>
　そう言いながらも、缶ビールをプシュってあけて渡してくれた。<br/>
「ありがと」<br/>
　もらったビールを一気に半分くらい飲んで、長く息を吐く。<br/>
　オキはそれを無視して、テーブルに参考書みたいなの広げてなんかチェックしていた。勉強中みたい。<br/>
　勉強の邪魔した罪悪感をちょっぴり感じながらもずうずうしくきいてみる。<br/>
「なにがあったかきいてくれないの？」<br/>
「話したらきいてやるよ」<br/>
　そう言いながらも、参考書から目を離さない。<br/>
「今日ね、シンくんにフラれちゃったの」<br/>
「ええ？」<br/>
　思い切って打ち明けたら、オキは驚いて声をあげた。<br/>
「シンに？　なに、そもそもおまえ、シンが好きだったのか？」<br/>
「そんなに意外？」<br/>
「ぜんぜん。――いや、おまえがシンを気に入ってるのは知ってたけどさ。おまえ惚れっぽいから誰かを好きになるなって日常茶飯事だし、本気じゃないだろって思ってた。ていうかおまえから告白したの？」<br/>
「もう、おまえおまえってうるさい！」<br/>
　ああ、悪い。シンはめんどくさそうに謝ると身を乗り出してきた。<br/>
「とにかく詳しく話せよ」<br/>
　今夜のオキは、会ってからずっとよそよそしかったので、こうやってアタシを見てくれてるとなんかすごく嬉しく感じる。アタシはちょっとだけ満足してシンくんとのことを話した。<br/>
　初対面のときに感じたことや、初ライブで立ってられなくなったこと。帰りにホテルに行っちゃったこと。それからはずっとシンくんに夢中で、メールや電話をいっぱいしたこと。<br/>
　今日もエッチしてたこと。エッチしながら好きって言っちゃったこと。そのあとに、ほかに好きなヒトがいるから愛せないって言われてフラれちゃったこと。<br/>
　話す順序とかぐちゃぐちゃで、オキがちゃんと理解してくれたのかわかんなかったけど、オキはじっときいてくれていた。<br/>
　喋っているうちにあのときの気持ちがよみがえってきて、止まっていた涙がまたこぼれだす。アタシの涙タンクは意外と大容量だった。<br/>
「ね、音楽つけていい？」<br/>
「お、おう」<br/>
　なんかドギマギしてるオキがうなずく。<br/>
　ちょっとぶっちゃけすぎちゃったかな。エッチしながら告白したことまで話さなくてもよかったかも。<br/>
　コンポのスイッチを入れると、BREATHの曲が流れてきた。『冷たい手』って曲。<br/>
「あ、悪い」<br/>
　慌ててオキがリモコンを奪おうとする。たぶんこのままきいてたら、シンくんが歌ってる曲が流れるんだってピンときた。<br/>
　でもいま流れている曲のバージョンならシンくんが歌ってるんじゃない。ハルトくんが歌ってるはずだった。<br/>
　洋輔がドラムで、オキがベースで、ハルトくんがギターと歌を歌っていた、あの頃の『冷たい手』。<br/>
「ね、この歌リピートにしてていい？」<br/>
「ああ、好きにしな」<br/>
　リモコンを奪うのをやめて、オキが床に寝転んだ。<br/>
　イントロが終わって、歌が始まる。<br/>
<br/>
『Happy daily like a dream<br/>
　There's just "two" of the world<br/>
　なんとなく　いつか叶うんじゃないかって思っていた夢を<br/>
　キミは他の誰かと　知らないうちに見ていたんだね』<br/>
<br/>
　なんでいままで気がつかなかったんだろう。<br/>
　ハルトくんの歌声をききながら、そのことに気がついた。<br/>
<br/>
『冷たくて持てない<br/>
　わがままをいうこの子のために<br/>
　ボクは缶コーヒーを両手であたためてあげた<br/>
　キミは少しだけぬるくなったコーヒーを手に持って　ニッコリと微笑む<br/>
　そしてふたり並んで歩くんだ<br/>
　ボクの冷たい心が　手から伝わらないように<br/>
　缶コーヒーで冷えた両手を　ポケットであたためながら』<br/>
<br/>
「ねえ」<br/>
　ハルトくんの歌声はとても優しい。歌を聞き逃さないようにしながら、オキにそっと問いかける。<br/>
「――ん？」<br/>
「この歌って、ハルトくんが作ったんだよね？」<br/>
「ああ、そうだよ。去年の６月くらいかな。ハルトが作って持ってきたんだ」<br/>
　――去年の６月。洋輔とリリが付き合いはじめたのは、確かおととしの１２月くらいだったかな。<br/>
「もしかしてこれって、リリのこと歌ってるのかな？」<br/>
「……さあな。知らねえよ」<br/>
　でも、そうなんだ。<br/>
　この歌が教えてくれているもの。<br/>
<br/>
『Happy daily like a dream<br/>
　There's just "two" of the world<br/>
　いまはもう　手には入れられないんだってわかっている夢を<br/>
　諦められないなら　キミの幸せを壊すしかない』<br/>
<br/>
　ハルトくんはずっとリリを好きだったんだ。<br/>
　たぶん、リリが洋輔と付き合うようになるずっと前から。<br/>
<br/>
『熱すぎて持てない<br/>
　わがままをいうこの子のために<br/>
　ボクは缶コーヒーが冷めるまで持っててあげた<br/>
　キミは少しだけぬるくなったコーヒーを手に持って　ニッコリと微笑む<br/>
　そしてふたり並んで歩くんだ<br/>
　ボクの冷たい心が　手から伝わらないように<br/>
　缶コーヒーを持ってたほうで　キミの手をにぎりながら』<br/>
<br/>
　歌は、夏を経て、冬になる。<br/>
　季節がめぐる間も、ひとりの女の子を想い続けている歌。<br/>
　でも女の子は、他のヒトを好きになっちゃったんだ。<br/>
「……誰かを好きになるって、むずかしいね」<br/>
　オキは答えてくれない。代わりに冷蔵庫からビールを取り出して飲みだした。半分目を閉じるようにして、アタシのことそっちのけで曲をきいている。<br/>
　そういえば、オキが誰かを好きになったって話、きいたことない。<br/>
　ちょっと無茶な質問をしちゃったのかも。<br/>
　それとも、オキはオキで秘密にしている恋があったりするのかな。無言で音を拾うベーシストに、この曲はどんなにきこえてるんだろう。<br/>
<br/>
『Happy daily like a dream<br/>
　There's just "two" of the world<br/>
　さよならは　言わないけれど　きっと永遠に交わらないね<br/>
　諦められないけど　キミが幸せならそれでいいんだ』<br/>
<br/>
　抱え込んだ膝に顔をうずめて小さくため息をつく。これから、どんな顔してシンくんに会えばいいんだろう。<br/>
　アタシをいちばんに愛してくれてないシンくんに次会ったとき、アタシはどんな顔して、なにを話すんだろう。<br/>
　シャワーも浴びずにホテルから出てきたカラダ中から、シンくんの匂いがする。<br/>
　他に愛してるヒトがいるくせに。<br/>
「……そんな深刻になるなよ」<br/>
　ぽつりとオキが言った。<br/>
「どうせおまえのことだ。１週間も泣けばシンなんてどうでもよくなるって」<br/>
　そのデリカシーのない発言に、本気でムカついた。<br/>
　でも、心のどこかに、そうなのかなって思う自分もいて、言い返せなかった。<br/>
　アタシには、この歌を作ったハルトくんの気持ちを１００％は理解できないもの。自分以外のヒトを好きになった女の子を、それでも想い続けるなんて、そんなことがどうしてできるんだろう。<br/>
　そんな恋したことない。<br/>
　リリもそう。あの子みたいに、フラれた男のことをいつまでも引きずったりするような気持ちも、アタシは知らなかった。<br/>
「すぐに忘れるさ。そしてまた、別のヤツを好きになればいい」<br/>
　見透かしたようにオキは言ってお酒を飲む。<br/>
<br/>
『Happy daily like a dream<br/>
　There's just "two" of the world<br/>
　そしてふたり並んで歩くんだ<br/>
　ボクの冷たい心が　手から伝わらないように』<br/>
<br/>
　そうなのかな。シンくんを好きな気持ちは、少しすればなくなるのかな。<br/>
（アヤ）<br/>
　シンくんがアタシを呼ぶ声を思い出してみる。<br/>
　笑顔で呼んで、少し目を細める。頭をなでてくれる。手をにぎってくれる。<br/>
　アヤ。アタシの名前をとても優しくゆってくれる。<br/>
　アタシはそのたびにキュンとして、胸が締めつけられて、ついついシンくんから目をそらしてしまったりしていた。<br/>
　頭をなでてくれると気持ちがポカポカした。<br/>
　にぎってくれる手があったかくて、ずっと放さないでいてほしかった。<br/>
（アヤ）<br/>
　ずっとそばにいてくれたらいいのにって、気がついたら夢に見るようになっていた。<br/>
<br/>
『Happy daily like a dream<br/>
　There's just "two" of the world<br/>
　そしてふたり並んで歩くんだ<br/>
　キミの手のあたたかさに　少しだけ救われながら』<br/>
<br/>
　ガマンできなくなって、アタシはまた泣いた。大きな声で。<br/>
「悪い、言いすぎた」<br/>
　慌ててオキが謝ってくる。それでも、涙は止まろうとしない。<br/>
　オキはタオルを持ってきてくれたり、ティッシュをそばに置いてくれたりしたあと、最終的にどうしたらいいかわかんないという感じで近くに座って頭をなでてくれた。<br/>
「ごめんな。よしよし、シンのやつひどいよな。まあ大丈夫だって。おまえ結構かわいいからまたすぐいい男見つかるって。俺はカンベンだけどな」<br/>
　ひとこと多いオキの慰めかたは、まるで子供をあやすみたいで。でもそれがいまはヤじゃなかった。<br/>
　だからアタシも安心して、子供みたいに泣いたんだ。<br/>
<br/>
　ハルトくんの歌声を遠くにききながら。<br/>
<br/>
『Happy daily like a dream<br/>
　There's just "two" of the world<br/>
　でもそれでも　ボクはこの気持ちを<br/>
　なくすことができない　どうしてもなくせないんだ』<br/>
</span>
<br />
<br />
　<span class="font_red">&#32;&#62;&#62;&#32;</span> 【<a href="http://www.cnovels.com/shortstory/noise05-04.html">noise Vol.05 - 07・08</a>】 に続く<br />
　<span class="font_red">&#32;&#62;&#62;&#32;</span> 【<a href="http://www.cnovels.com/shortstory/noise05-02.html">noise Vol.05 - 03・04</a>】 に戻る<br />]]>

</content>
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<title>優しくきゅっと - noise Vol.05 - 03・04</title>
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<modified>2010-05-01T03:34:52Z</modified>
<issued>2009-10-04T02:11:16Z</issued>
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<summary type="text/plain"> 　　　３ 　シンくんとはじめて会ったのは、４月――雨の降る日の夜だった。 　アタシにとって大事な出来事がある日は、なぜかよく雨が降る。この日も雨で、いま思えばオキに飲みに誘われたときからなにかの予感を感じてた気がする。 　下北沢の、安いので有名な居酒屋に入ると、すぐにアタシを見つけたオキが手を振ってくれた。 　オキは、いまはもうないBREATHのベースだったヤツで、同い年でアタシのバイト仲間でも...</summary>
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<name>千歳</name>
<url>http://www.ckotoba.com/</url>
<email>ckotoba@gmail.com</email>
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<dc:subject>050_noise (バンド系恋愛小説)</dc:subject>
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<![CDATA[<span style="font-family:'ＭＳ Ｐ明朝','平成明朝',serif;">
　　　３<br/>
<br/>
　シンくんとはじめて会ったのは、４月――雨の降る日の夜だった。<br/>
　アタシにとって大事な出来事がある日は、なぜかよく雨が降る。この日も雨で、いま思えばオキに飲みに誘われたときからなにかの予感を感じてた気がする。<br/>
　下北沢の、安いので有名な居酒屋に入ると、すぐにアタシを見つけたオキが手を振ってくれた。<br/>
　オキは、いまはもうないBREATHのベースだったヤツで、同い年でアタシのバイト仲間でもある。<br/>
　男としては全然興味ないけど、結構アタシと気があって、おまけに面倒見がいいから結構頼りにしてるんだ。<br/>
「こいつ真太郎っていうんだ。俺の幼なじみ。――シン、この子がアヤだよ。俺のバイト仲間でBREATHのライブにもよくききに来てくれてたんだ」<br/>
　オキはそうやってシンくんを紹介してくれた。<br/>
　やばい。このヒト超好みのタイプ！　優しそうな下がり気味の目はすっごいまつげが長くて、見てるだけでとろけそうになるの。<br/>
　ちょっと笑顔が頼りなさそうだったけどね。<br/>
「えへへ、よろしくね」<br/>
　シンくんがそう言ったのをきいて、みるみるうちに自分の顔が真っ赤になってゆくのを感じた。<br/>
　なんて声なの！？　甘くて、少しかすれてて、なのにとても透き通ってて。こんな声でアタシだけにささやかれたら、もう立ってられない！<br/>
　キュンキュンしっぱなしのアタシは、それでもなんとかできるだけかわいく自己紹介しようとがんばった。<br/>
「アヤです。はじめまして♪」<br/>
　語尾をあげるようにアイサツするアタシを、オキが気持ち悪そうに見てるけど相手にしない。<br/>
　今日はガーリーにキメててよかったとか考えながら、ちゃっかりシンくんの隣に座って、やってきた店員さんに反射的に中ジョッキを注文する。しまった、もっとカワイイ飲みもの頼んだほうがよかったかな？<br/>
「ねえねえ、シンくんはなに飲んでるの？」<br/>
「んー、カシスオレンジだよ。あんまりお酒強くなくて――あ、電話だ。ちょっと待ってね」<br/>
「あ、うん」<br/>
「もしもしー。やだなぁ、わかるに決まってんじゃん。こないだは楽しかったねー♪」<br/>
「ちょっとオキ」<br/>
　シンくんが電話に熱中してる間に、アタシはテーブル挟んで目の前にいるオキに対して身を乗り出した。ひそひそ声できく。<br/>
「ねえねえ、このヒトがどうかしたの？　もしかしておまえら付き合っちゃえよ的な？　やだー！　だって会ったばかりだし、アタシそんなに軽くないし！　……でも、でもでもどうしてもってゆうなら考えなくもないかなー」<br/>
「シンとハルトと俺の３人で、バンド結成するんだ」<br/>
　アタシの盛り上がってゆく気持ちを完全に無視してオキが言った。なによ、ちょっとは付き合ってくれてもいいじゃない！　……え？<br/>
「バンドー！？」<br/>
「そう」<br/>
　アタシの驚きは「待ってました」な反応だったらしく、オキはすっかりごきげんな感じでうなずいた。<br/>
「新しいバンドさ。BREATHがあんな終わりかたして、俺たちをいちばん応援してくれてたおまえには、前からすげえすまないと思ってたんだ。だから、新しいバンドの結成が決まって、おまえには最初に知らせようってハルトと話し合ってさ。あと、シンを紹介しようって」<br/>
「そう、だったんだ……」<br/>
　アタシは、ショージキとても複雑な気分になってしまった。<br/>
　オキとハルトくんが新しいバンドをはじめてくれるのはうれしいけど。うれしいんだけどッ。<br/>
　じゃあアタシの大好きだったBREATHは、やっぱりもう二度と復活しないんだ。<br/>
　それって、とても悲しいことで、でもまたオキのベースやハルトくんのギターや素敵な歌声がきけると思うととてもうれしくて、なんかアタシの心の中はぐちゃぐちゃになっちゃって、気がついたら涙がこぼれ落ちてた。<br/>
「そうか、泣いて喜んでくれるか。イテッ」<br/>
　うんうんと満足そうにうなずくオキのオトメ心のわからなさにムカついて、テーブルの下で足を蹴飛ばす。<br/>
「バカ！」<br/>
「えー、なんでそんなに怒ってんの？」<br/>
「まあまあふたりともケンカしないで。仲良くしようよ、ね？」<br/>
　いつの間にか電話が終わっていたシンくんが、落ち着いたトーンの声で、険悪になりかけてたアタシとオキの間を取り持ってくれる。<br/>
　そうそう、こんなシンくんの態度が、この日のアタシにとってはとても大人で落ち着いてるように見えたんだっけ。<br/>
　いま思えば、このときシンくんはオキとアタシを心配してくれてたわけではなかったんだよね。ただこのヒトは、争いごとを目の前で見るのがヤなだけだったんだ。<br/>
　徹底的な平和主義者の彼が怒るのを、アタシはこの日からいままでの間で、まだたったの一度しか見たことがない。<br/>
　とにかく、そのときのシンくんの優しい言葉に感動したアタシは、シンくんが渡してくれたおしぼりで慎重に涙を拭いて、あと控えめに鼻をかみながら感謝の言葉を伝えたのだった。<br/>
「ありがどう、シンぐん」<br/>
　ちょうど頼んでたビールが運ばれてきたので、とりあえず乾杯。高まった感情に後押しされたアタシが一息でジョッキの半分をあけるのを、シンくんがおもしろそうに見ていた。<br/>
　シンくんはお酒がほとんど飲めないらしく、カシスオレンジをちびちびと飲んでいる。お酒が好きだったほうがよかったな。<br/>
　と、ここでまたシンくんの携帯電話が鳴った。<br/>
「もしもしー。あ、ホントに電話くれたんだ、うれしいなー♪　えー、もちろんだよ――」<br/>
「ちょっとオキ」<br/>
　シンくんがまたしても電話に熱中してる間に、アタシはオキに訴えた。<br/>
「このヒトって――シンくんってマジでアタシのタイプなんだけど？　タイプすぎるんですけど。おまけに優しいんですけど！」<br/>
「おちつけ」<br/>
　すっかりシンくんに食いついてしまっているアタシに、オキが冷静なアドバイスをしてくる。<br/>
「さっきも言ったように、残念だが今日は合コンじゃないんだ」<br/>
「あ、そうだった。新しいバンドを結成したんだよね。それはもちろんうれしいよ。でもさ！」<br/>
　アタシの複雑な気持ちを伝えるのにためらいを感じて、どうしていいかわからずアタシはオキをじいっと見た。<br/>
　視線に気づいてそわそわするオキに、少し満足する。<br/>
　アタシがこうやってじっと見つめると、オキはいつも落ち着かなくなる。<br/>
　別にオキがアタシを好きってわけじゃなくて。<br/>
　オキが昔飼ってたイヌに、アタシの目がそっくりなんだって。「ハナコもそんな目をして俺を見てたなあ」って、ききようによってはとても失礼なセリフをオキがぼそりと言ったことがある。<br/>
　そのとき超ムカついたので、以来アタシは嫌がらせみたいに、チャンスがあればこうやってオキをじっと見つめるようにしてるのだ。<br/>
「――そうだよな。おまえはBREATHをよく応援してくれてたもんな」<br/>
　え？　やだオキ泣いてる？<br/>
　お酒のせいもあったのかもしれないけど、オキが若干涙ぐんでてドキッとした。<br/>
　オキ、アタシの気持ちをわかってくれたのね……！　アタシはうろたえながらも強がって言った。<br/>
「ま、まあ、わかってくれたらいいよッ」<br/>
「うう、ハナコ……」<br/>
　パシーン！　オキの頭をはたく。<br/>
「あんたまたアタシ見てイヌを思い出してたでしょ！」<br/>
「な、なんだよ、おまえがそうやって俺をじっと見るからだろうが！　そういうの自業自得っていうの！」<br/>
「まあまあ、二人とも落ち着いて。ケンカはやめようよー」<br/>
「あ、ごめんねシンくん」<br/>
　しまった。またシンくんの前でケンカしてしまった。後悔していると、またシンくんの携帯電話が鳴った。<br/>
「シズカちゃん？　うん、大丈夫だよ。マジでー！？」<br/>
「ちょっとオキ」<br/>
　またまた電話に熱中してきたシンくんを横目に、オキを呼ぶ。<br/>
「もうシンくんの前でアタシにケンカ売らないで――ていうか、さっきからの電話、みんな女の子からじゃない！？」<br/>
「やっと、気づいたか」<br/>
　おしぼりで涙を拭きながらオキは続ける。<br/>
「実はあいつは、女が大好きなんだ」<br/>
「みたいだね」<br/>
「あと、俺はおまえにケンカ売ってるわけじゃねぇ。ただ、おまえを見てて愛犬ハナコを懐かしく思い出してしまっただけだ」<br/>
「それがケンカ売ってるってゆーの！」<br/>
　シンくんにケンカしてると気づかれないように、ニコニコ笑いながら小声で訴えた。<br/>
　無理矢理あげた口角がピクピクする。そうか、こうゆうのを、笑顔が引きつるってゆうんだね！<br/>
「ふたりともごめんねー。今日はやけに電話かかってくるなぁ」<br/>
　さすがにマズイと思ったのか、シンくんが弁解しながら携帯電話の電源を切った。<br/>
　アタシはため息をつく。<br/>
　なんだかすごくガックリきそうになったけど、今日のアタシはこれくらいじゃへこたれない。<br/>
　それくらい、新しいバンド結成の話は、アタシにとって大事件だったの。<br/>
「とにかくバンド結成おめでとう。もう活動してるの？　曲は新しいのを作るの？　ライブはいつ？　ねえ、バンドの名前はどうするの！？」<br/>
「まあちょっとまて」<br/>
　質問してるうちに興奮してきたアタシをなだめてくるオキに、ブンブンと首をふる。<br/>
「だってだって！」<br/>
「もうすぐハルトのヤツがくるはずだからさ。詳しくはそれからだ」<br/>
「あ、ハルトくんもくるんだ。じゃあ待ってる♪」<br/>
　ハルトくんが来るまでの間に、アタシは２回ビールのおかわりをした。<br/>
「やだ、アヤ酔っちゃったかもー」<br/>
　とか言いながら、さりげなくシンくんの肩に頭をもたせかけてみる。<br/>
　ビールを２杯飲んだくらいじゃ、ホントはあんまり酔ったりしないんだけどねー。<br/>
　そんなことしてたら、ハルトくんがやってきた。<br/>
「ごめん遅くなって」<br/>
　ハルトくんと会うのはアタシは２ヶ月ぶりくらいで、たったそれだけなのになぜかハルトくんは、とても懐かしそうにアタシを見た。<br/>
　いまだったらわかる、ハルトくんはアタシを見て、リリを思い出したんだ。あの頃、アタシとリリはいつもいっしょだったから。<br/>
　でもこのときは、ハルトくんがリリを好きだなんて知らなかったから、その懐かしそうなまなざしに、ただにっこり笑ってこたえたのだった。<br/>
「ハルトくん久しぶりだね。ねえねえ、さっきオキからきいたんだよ。バンド結成おめでとう」<br/>
「ありがとうアヤちゃん。オキと話し合ってさ。バンド結成の報告をいちばん最初にするのはアヤちゃんにしようって決めたんだ。アヤちゃんがいちばん、僕らを応援してくれてたから」<br/>
「ハルトくん……」<br/>
　ハルトくんがたまにこんなことをゆうと、とてもキュンとする。普段ハルトくんはあんまり喋るほうじゃないし、なにを考えてるのか見えにくいところがあったから。<br/>
　でも、たまに話す彼の言葉はいつもとても素敵で、アタシは彼の話す言葉が大好きだった。<br/>
　あと、ハルトくんはBREATHのギター＆ヴォーカルだったから。ライブのときの彼は普段の彼からは想像できないくらい激しくて、かっこよくて、アタシにとってハルトくんはカリスマ的存在だった。<br/>
　アタシはiPodにもBREATHの曲を入れていて、どこに行ってもずっときいちゃうくらいBREATHの大ファンだったから、つまりはハルトくんの声をずっと聞いていたわけで、だからハルトくんの声をたまに聞くだけで「もう大好き！」ってなってしまう。<br/>
　オキに言わせるとアタシは超惚れっぽいんだそうで、多少身に覚えもあったから、ハルトくんをホントに好きになっちゃわないように気をつけなきゃって思ってた。<br/>
　そんなだったから、もしもハルトくんがアプローチしてきたりしたら、どこまでもついてっちゃったかもしれない。幸い（？）ハルトくんは、アタシに女の子としての興味は持たなかったみたいで、恋がはじまることはなく、アタシはBREATHの誰に対しても恋愛感情なんて持たずに、最後まで純粋なファンとして応援できたのだった。<br/>
　そんなハルトくんに優しい言葉をかけられて、アタシの胸は高鳴る。<br/>
　今日はなんて素敵な夜なんだろう！<br/>
　さっきまで酔ったフリしてシンくんの肩に頭をもたせかけてたことなんてすっかり忘れて、アタシはハルトくんの優しい言葉に聞き入った。<br/>
「オキからはどこまで聞いた？　――うん、僕ら３人で、新しいバンドをやるんだ。BREATHはあんな形で解散になってしまったけれど、この３人でやり直そうと思ってる。オキがベースで、僕がリードギター。シンがサイドギター兼ヴォーカルだよ。バンド名は――」<br/>
「ちょっと待って」<br/>
　ハルトくんの言葉に耳を疑った。<br/>
「ハルトくんが歌うんじゃないの？」<br/>
　ハルトくんは静かにうなずいた。オキとシンくんは、なにも喋らず、アタシたちのやりとりをじっときいている。<br/>
「僕はサイドヴォーカルで、シン――彼が、新しいバンドのメインヴォーカルだ」<br/>
　なんとなく、そんな気はしていた。シンくんの声を聞いたとき、アタシも感じたもの。この人の声すごいって。この人が歌ったら、どんな歌声になるんだろうって。<br/>
　でも――洋輔がいなくなって、ヴォーカルがハルトくんでさえなくなってしまったら、そのバンドはもうあまりにもBREATHとは違いすぎる。<br/>
　アタシは改めて感じずにはいられなかった。やっぱり、アタシの大好きだったBREATHは、もう二度と会えないんだ。<br/>
「ねえ、ドラムはどうするの？」<br/>
　アタシは思い切ってきいた。いまのメンバーではドラムを叩くヒトがいない。洋輔の代わりがいない。その人に失礼だけど、新しいバンドにまだそんなに思い入れが生まれていないアタシには、どうしてもBREATHを軸にしか考えられなかった。<br/>
「ドラムパートは、毎回誰かに頼んでヘルプで叩いてもらう」<br/>
　ハルトくんが、少し困った顔をして、けれどとてもきっぱりとそう言った。<br/>
「え、じゃあメンバーとしては入れないの？　どうして？」<br/>
　ってききながらも、なんとなく理由はわかっていた。<br/>
「いつか、洋輔が自分のもといた場所に戻りたいって思うかもしれない」<br/>
　ハルトくんの返事はやっぱり予想通りで、アタシはカラダ中に鳥肌が立つのを感じた。感動して、泣きそうになりながら、それでもブンブンと首を振った。だって、だって！<br/>
「そんなの、だって……洋輔くんは、もうドラム叩けないカラダになっちゃったんだよ？」<br/>
「わかってるよ。最後に会ったとき、洋輔の左手の握力はほとんど戻ってなかった。あの調子じゃ、いまもスティックを持てるかどうかさえあやしい。なによりあいつ自身がもう諦めてる。ドラムはやめたって言葉も、僕とオキは、直接あいつの口から聞いたんだ」<br/>
「だったらもう――」<br/>
「だけどッ」<br/>
　アタシが言いかけるのを、ハルトくんが遮る。こんなに感情を表に出したハルトくんをライブ以外で見たのってはじめてで、アタシは怖くて一瞬目を閉じた。<br/>
「――ごめん。僕は、僕らは思えないんだ。どうしても。あいつが」<br/>
　ハルトくんの顔が苦しそうにゆがむ。<br/>
「洋輔が、あの洋輔がドラムをやめるわけがない。絶対に、あいつはいつかまたドラムを再開する――そして努力してきっとまた叩けるようになる。最初は叩けなくても、それでもいつか必ず元のように叩けるようになる。必ず。必ず！　だったら僕たちのできることはひとつだけだ。だからオキと話し合って決めた」<br/>
「そうなんだよ」<br/>
　オキが、ハルトくんが言い終わったタイミングで言葉を続ける。<br/>
「ハルトと俺で決めたんだ。ドラムメンバーは正式には入れないようにしようって。だけどいまの俺たちが洋輔抜きで再開しても、ただパワーダウンするだけだ。そんなバンドじゃ洋輔は振り向いてくれないんじゃないかってさ。やるなら、洋輔にこのバンドでドラム叩きてぇって思わせるようなバンドにしないとダメだろ。で、どうしようかって悩んでたとき、シンに目をつけたんだ」<br/>
　オキが自慢げにシンくんの名前を呼ぶ。シンくんがふたりにそんなに期待されてるんだと知って、アタシははじめて見る気持ちでシンくんを見た。このヒト、そんなにスゴいんだ……！<br/>
「もともとこいつ、前からバンドやりたいって言ってたから、たまにギター教えたりしてたんだよ。俺もハルトほどじゃないにしろ少しは弾けるからさ。で、そんな中でこの前合コン……じゃない飲み会があったんだ。その２次会でカラオケ行って、シンが歌う番になって」<br/>
　……いま、合コンって言わなかった？<br/>
「シンのやつ１次会ですでにモテモテ……っていうか人気者でさあ。なんだよみんなこんな優男タイプがいいのかよって眺めてたんだが、カラオケでシンが歌うのをきいて傍観者意識なんて吹っ飛んだよ。こいつの歌は、なんか違うんだ。こう魂をふるわせるっていうか、届くんだよ。ここにさ」<br/>
　オキが、そう言って自分自身の胸をドンと叩く。<br/>
　ていうかやっぱり合コンだよね？　モテモテとか言ってるし！<br/>
「すごかったぞ。女の子たちみんな泣いてんの。それからはもう女子とシンを奪い合ってさ。あれも歌ってくれ、これも歌ってくれってリクエストしまくって、最終的に合コンなんてどうでもよくなって俺らでシンをくどいたんだ」<br/>
　最終的に、アタシに合コンだったことを隠すのもめんどくさくなったらしい。普通にぶっちゃけだしたオキとは逆に、アタシのテンションは下がりきってた。<br/>
　合コンってアタシ初耳なんだけど。オキはもっと硬派な男の子なんだって思ってたのにショック。しかもシンくんも行ってたんだぁ。しかも女の子にとってもモテてたんだ……じゃあ、もしかしてさっきの電話とかみんなそのときの女の子から？　別にいいんだけどッ。アタシも合コンくらい行くし別にいいんだけどッ。<br/>
「ちょっとオキ大げさだって！　ハルト、なんとか言ってやってよ」<br/>
「いや、シンの歌はすごいよ。僕もあのとき、新しいバンドにはシンが必要だって確信した。カラオケであれほど感動できるなんて驚いたよ」<br/>
「ええー！」<br/>
　アタシは驚きの声をあげた。じゃあハルトくんもその合コンに参加しての？　超ショック！　男って。男ってッ！<br/>
　超ドン引きなアタシをほったらかしにして、３人はそのまま新しいバンドについて盛り上がりだした。<br/>
<br/>
　ちなみに合コンについては、あとで３人は人数あわせのために仕方なしに参加したんだってきかされた。でも、本当かなぁってアタシはいまだにうたがってる。ハルトくんはホントに人数あわせなんだって信じられるけど、オキはちょっとあやしいし、シンくんは下手したら幹事だったんじゃないかって思うくらい。<br/>
　ただね、いまではアタシ、このときの合コンにとても感謝してるの。あの合コンがなかったら、いまのバンドはなかったのかもしれない。シンくんとも出会えていなかったのかもしれないって思うと、素直によかったって気持ちになる。ホントなんだからね！<br/>
　最初は感動する話ばかりきかされて、新しいバンドを、音をきく前からとても好きになって、最後は合コンの話をきかされて３人をちょっとだけ嫌いになったという、とてもおかしな夜だったけど、とにかくこの夜がアタシと新しいバンド『noise』との出会いだったんだ。<br/>
<br/>
　　　４<br/>
<br/>
　noise結成の話を聞いてから１ヶ月後の５月。３限目の授業が終わって、リリといっしょに学食に行って味噌煮込みうどん食べてたら、テーブルに置いてたケータイがひかりだした。<br/>
　オキからのメールだった。初ライブのお知らせで、読んだ瞬間アタシは「やったぁ！」って叫んでた。<br/>
「アヤ、どうしたの？」<br/>
　ハッ。いきなりテンションの上がったアタシを、リリが怪訝そうに見ている。<br/>
「な、なんでもないなんでもない」<br/>
　ブンブン首振りながら、失敗したって思った。<br/>
　noiseが結成されたことを、実はアタシはまだリリには話してなかった。<br/>
　だってBREATHのメンバーだったオキとハルトくんが、洋輔抜きで新しくはじめたバンドなんて、リリにはとても言えないでしょ？<br/>
　ていうか洋輔がらみの話は、リリには基本ＮＧだから。<br/>
　リリは洋輔と別れてから、ずっと元気がない。<br/>
　たぶんハルトくんやオキとも、あの日以来会ってないし。<br/>
　洋輔との別れからもう２ヶ月も経つのに。リリはまだ、ショックからぜんぜん立ち直れてなかった。<br/>
　アタシがもし男にフラれようものなら、きっと怒りくるってワンワン泣いて、やけ酒して１週間もしたらたぶん次の恋に走ってる。<br/>
　リリみたいにひとりの男にずっとこだわって、フラれても忘れられないで想い続けるって気持ちが、実はアタシにはさっぱり理解できなかった。<br/>
　そんなアタシの気持ちに気づいてるのかはわかんなかったけど、なんとここでリリは、時々見せるカンの鋭さを発揮してきたのだった。<br/>
「もしかして、オキくんから？」<br/>
「ええ、なんでわかったの！？」<br/>
　あまりのリリのエスパーぶりに、アタシはそう口走ってしまった。<br/>
「やっぱり。――きのう、ユウくんからメール来たの。６月５日にライブするから、よかったら来てって」<br/>
　ユウくんっていうのはハルトくんのことね。ハルトくんは、フルネームを結城晴人（ゆうきはると）っていって、リリだけはどんな流れか知んないけどハルトくんを「ユウくん」って呼んでる。<br/>
　自分だけの呼びかたって特別な感じしない？　だからリリがユウくんって呼んでるのを聞いたときは、もしかしてリリはハルトくんを好きなのかなって思ってた。でもしばらくしてリリは洋輔とつきあいだしたから、アタシのカンチガイだったと納得してたんだけど。<br/>
「ハルトくんから。ふーん、そうなんだ」<br/>
　アタシはわかった気がした。リリがハルトくんを好きだってゆうのは、やっぱりアタシのカンチガイで。<br/>
　ハルトくんが、リリを好きなんだ。<br/>
　ナイス、ハルトくん！　アタシはここぞとばかりにテンションをまた高めて言った。<br/>
「ねッ、楽しみじゃない？　アヤ、ワクワクしすぎて前の日は寝られないかも」<br/>
　リリはきっと悩んでる。行こうかどうかって。<br/>
　アタシは、リリはライブには行ったほうがいいって思う。<br/>
　ハルトくんがリリを好きなんだったらなおさらよ。もう、洋輔なんて忘れちゃえばいいんだ。<br/>
「……わたしね、やっぱり行くのやめとこうかなって」<br/>
「ダメだよ！　せっかくハルトくん誘ってくれたんだし行こうよ。アヤも行くし。ね、リリ！」<br/>
「う……ん」<br/>
「それに初ライブって１回しかないんだよ？　行かなかったらもったいないって」<br/>
　うーん、説得するにしても、もっとうまく言えたらいいのに……。<br/>
　あーあ、アタシの言葉って重みないな。<br/>
　同じようにリリも感じたみたいで、けれどそれがかえってよかったのかも。「アヤがそこまでいうなら」って、リリは行くって言ってくれたの。<br/>
　よかったー！<br/>
　ハルトくん、これは貸しだからね。ちゃんと借りは返してね。<br/>
　合コンに行ってたのも、リリには秘密にしておいてあげる。<br/>
　だからお願い。リリを元気にしてあげて！<br/>
<br/>
　――あとになって、思い知らされた。<br/>
　このときのアタシは、まるでわかってなかったんだね。<br/>
　ごめんね。<br/>
　あんたがそんなに追いつめられていたなんて、あの日まで、アタシぜんぜん気付いてあげられなかった。<br/>
</span>
<br />
<br />
　<span class="font_red">&#32;&#62;&#62;&#32;</span> 【<a href="http://www.cnovels.com/shortstory/noise05-03.html">noise Vol.05 - 05・06</a>】 に続く<br />
　<span class="font_red">&#32;&#62;&#62;&#32;</span> 【<a href="http://www.cnovels.com/shortstory/noise05-01.html">noise Vol.05 - 01・02</a>】 に戻る<br />
]]>

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<title>優しくきゅっと - noise Vol.05 - 01・02</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.cnovels.com/shortstory/noise05-01.html" />
<modified>2010-05-01T03:36:01Z</modified>
<issued>2009-10-03T07:50:13Z</issued>
<id>tag:www.cnovels.com,2009://2.18562</id>
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<summary type="text/plain"> 　　　１ 　白く息苦しい廊下を延々と歩き回ってやっと見つけた３０２号室。 　部屋に入ると、そこには包帯だらけの洋輔がいた。 　それを見て爆笑してしまう。 「なに笑ってんだてめぇ」 　洋輔がドスをきかせた声で言ってくる。 　だけどその声はさすがに弱々しくて、きいてたらさらにおかしくなって、ちょっと息をするのが苦しいくらいになって思わず「もうやめて」と言ってしまった。 「アヤ」 　名前を呼ばれて顔を...</summary>
<author>
<name>千歳</name>
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<email>ckotoba@gmail.com</email>
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<dc:subject>050_noise (バンド系恋愛小説)</dc:subject>
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<![CDATA[<span style="font-family:'ＭＳ Ｐ明朝','平成明朝',serif;">
　　　１<br/>
<br/>
　白く息苦しい廊下を延々と歩き回ってやっと見つけた３０２号室。<br/>
　部屋に入ると、そこには包帯だらけの洋輔がいた。<br/>
　それを見て爆笑してしまう。<br/>
「なに笑ってんだてめぇ」<br/>
　洋輔がドスをきかせた声で言ってくる。<br/>
　だけどその声はさすがに弱々しくて、きいてたらさらにおかしくなって、ちょっと息をするのが苦しいくらいになって思わず「もうやめて」と言ってしまった。<br/>
「アヤ」<br/>
　名前を呼ばれて顔をあげると、ニットのカーディガンを着た女の子がいた。リリだ。茶色いニットの下から花柄のワンピースがちょこっとのぞいててカワイイ。<br/>
　リリはアタシの親友で、洋輔のカノジョだ。<br/>
　ずっと前に来てたんだと思う。洋輔の寝ているベッドの隣で、パイプ椅子に座ってリンゴを剥いていた。<br/>
　けど、いまはその手を止めて、アタシのことをカワイイ目でじっと睨みつけている。<br/>
「いいかげんに笑うのやめてくれないと怒るから」<br/>
　リリの声はいつもと同じですごく優しかったけど、なんとなく迫力があって、アタシはしゅんとした。<br/>
　でもよかった、これ以上息できなかったらアタシ死んでたかもしれない。とか思いながら素直に謝る。<br/>
「……ごめんなさい」<br/>
「よし」<br/>
　よかった。リリからすんなり許してもらえたのでほっとする。<br/>
　だけど少しでも機嫌をとっておこうと、とびきりの笑顔を顔に貼りつけながら包帯だらけの洋輔に駆け寄った。　<br/>
「で、大丈夫なの、洋輔？　バイクで事故ったってきいたけど」<br/>
「おまえは人を心配するとき、いつも満面の笑みなのか？」<br/>
「あ、間違えた、ごめんね。いまから心配してる顔するから待ってて」<br/>
「もういいよ」<br/>
　と、ふてくされた顔をする洋輔。<br/>
　あら？　あらら？　なんか今日の洋輔、かわゆいんだけど！？<br/>
　洋輔から健康を取りあげたら、かわゆくなるのかしら？<br/>
　そんなことを考えながら、改めて洋輔のことを眺めてみる。<br/>
　洋輔はカラダ中が包帯だらけで、ミイラみたいだった。頭も胸も足もグルグル巻き。<br/>
　特に徹底的に包帯を巻かれてるのが左腕の肘から先で、それに気づいたとき、やっとここに駆け込んでくる直前までの気持ちを取り戻した。<br/>
「ねえ洋輔、あんた、大丈夫なの？　そんな……」<br/>
　そんなカラダで、ドラム叩けるの？<br/>
　そう言おうとして、苦しくなって言えなかった。<br/>
　洋輔は、アタシの大好きなバンド『BREATH』のドラマーだった。<br/>
　洋輔とオキとハルトくんのスリーピースバンドは完璧で、だから誰かひとりでも欠けているBREATHなんてアタシには考えられない。<br/>
「まあ、見てのとおりさ」<br/>
　洋輔は自分のカラダを一瞥した。<br/>
「俺は不死身だ」<br/>
「かわいそう……包帯だらけのカラダでそんなことゆうなんて、頭打っておかしくなっちゃったんだね」<br/>
「おまえ殺すぞ」<br/>
　俺は不死身だ、と同じイントネーションで言った洋輔は、舌打ちして続ける。<br/>
「医者が仰々しく巻いてるだけだよ。こんなもんでも患者に巻きつけとかねえと、治療した気になんねぇんだろヤツらは」<br/>
「洋輔くん……ダメだよそんなこと言っちゃ」<br/>
「そうよ。だいたいあんたなに考えてんのよ！」<br/>
　こみあげてきた怒りを、口の減らない洋輔に遠慮なくぶつけることにした。<br/>
「リリは繊細なんだからね！　心配しすぎて死んじゃったらどうすんの！」<br/>
「バイクでコケたくらいで心配しすぎなんだよ。見ての通り俺は健康そのもの……ッ！」<br/>
　元気なことを証明しようとするように左腕を動かそうとして顔をしかめる。<br/>
「洋輔くんダメだよ！　安静にしてなさいって、先生に言われてるでしょ？」<br/>
　やっぱり痛いんだ……洋輔の顔が苦痛にゆがむのを見て、心の中に絶望が流れ込んでくる。<br/>
　あ、ダメだ。<br/>
　直感する。<br/>
　アタシの大好きなバンド、きっとなくなっちゃう。<br/>
　洋輔と、オキとハルトくんのバンド。大好きな、完璧なスリーピースバンド。<br/>
　もう、３人の演奏は、きっときけないんだ。<br/>
　――なんでこのとき、そんなこと思っちゃったんだろう。<br/>
　アタシの中にはとてもネガティブな自分がいて、アタシはその子のことを『ダークアヤ』って呼んでるんだけど、ダークアヤはいまみたいにたまに顔を出したかと思うと、とても不吉な予言をしてゆく。<br/>
　そしてその嫌な予言は、絶対っていっていいほど当たっちゃうのだ。<br/>
　ダークアヤはどんどん嫌な予言を頭の中に流しこんできて、そのひとつひとつがものすごく絶望的なことに思えたアタシは、泣いてしまった。リリと洋輔をたくさん困らせたけど、なんで泣いたのかはふたりには話せなかった。<br/>
<br/>
　数日後、洋輔が退院した。<br/>
　洋輔はすぐにバンドに復帰したがったらしいけど、左腕のケガはやっぱりかなり深刻みたい。<br/>
　元のように動かせるようになるにはたくさんの時間とリハビリが必要になる。お医者さんからそう言われたと、リリが教えてくれた。<br/>
　だから、退院したら復帰するつもりだったライブを、洋輔はステージの外から眺めることになった。<br/>
　ドラムは、別のヒトがヘルプで叩いた。<br/>
　自分のいないBREATHのステージを、洋輔はどんな気持ちで見てたんだろう。<br/>
　アタシは、知らないヒトがBREATHのドラムを叩いていることに拒否反応が出て、気持ち悪くなって途中で帰ってきてしまった。<br/>
　けど、洋輔はずっと見てたらしい。<br/>
　そして、たぶんあのライブの日からだと思う。洋輔が変わったのは。<br/>
　以前の洋輔は太陽のようだった。みんなを引力で引っ張って照らし続ける、空のてっぺんに輝く王様。あの頃の洋輔はそんなだった。<br/>
　ドラムを失った洋輔は、以前の洋輔を太陽だとすると――そう、夜の新月みたいだった。鋭くて冷たくて危険。相手なんてお構いなしに、近づくヒトのことはみんな傷つけた。<br/>
　アタシは傷つきたくないから洋輔から距離をおくようにしたけど、バンドのメンバーのオキやハルトは、お互いをとても深く傷つけあって。<br/>
　そしてダークアヤの予言どおりに、バンドは解散してしまった。<br/>
<br/>
　　　２<br/>
<br/>
　バンドが解散してしばらく経ったある雨の日、アタシは買い物目的で渋谷に来ていた。<br/>
　公園通りに新しくできたお店で春物の服を選んでいると、リリから電話がかかってきた。<br/>
　休日、リリは渋谷とか下北沢にいることが多い。洋輔の家が下北沢にあるから、藤沢に住んでるリリは週末になると洋輔に会うためにこっちへやってくるのだ。<br/>
　あと、たまにウチに泊まりに来たりね。<br/>
　リリとアタシは同じ大学に通っていて、１年生のとき、最初の授業で隣同士になってからの付き合いだ。<br/>
　アタシたちは性格も、普段着てる服も、好きになる男のタイプも全然違うし、共通の趣味も音楽くらいしかないのに不思議ととても気が合う。知り合ってまだ２年だけど、まるで幼稚園の頃から知ってたみたいに信頼しあってるんだ。<br/>
　だから、休みの日とかにこうやって前ぶれなしにリリから電話があったりするのは結構よくあることだったので、いつもしてるみたいに、服を選びながらほとんど反射的に電話を取っていた。<br/>
「もしもしー？」<br/>
　いつもならすぐにリリの声がきこえてくるタイミングで、返事がない。<br/>
「……リリ、泣いてるの？」<br/>
「ごめんね、わたし――」<br/>
　そこまでききとれたけど、後はなに言ってるのか全然わかんない。<br/>
　けど、電話の奥からかすかに雨の音がしているから、外にいるのは間違いなさそうだった。<br/>
「ねえ、いまどこにいるの？」<br/>
　リリは下北沢にいた。じゃあやっぱり洋輔と会ってたんだってピンときて、そこからさらに暗い予感を感じてしまう。<br/>
　とにかく行かなきゃ！　アタシは、お会計寸前までいってた服をあきらめて駅に急いだ。<br/>
<br/>
「リリ！」<br/>
　下北沢で電車を降りて、リリからきいていた場所に向かうと、路地の隅で、雨の中傘も差さずにうずくまっている女の子がいた。<br/>
　顔は見えなかったけど、その子がリリだってことはすぐわかった。３月の冷たい雨に打たれるままのコートが、リリのお気に入りの春色のコートだったし、濡れてほっぺたに張り付いてる髪の間から見える耳の形もリリと同じだったから。いっしょに買ったおそろいのピアスをしていたから。<br/>
「リリ、どうしたの、傘くらい差しなよ！？」<br/>
　開かれたまま、雨からなんにも守らずに転がっている傘は男物だった。もしかして洋輔の？<br/>
　急いで自分の傘でリリを守りながら、そばに同じようにうずくまる。<br/>
　冷たくなった両手は神様にお祈りしてるみたいに口元の前でにぎられていて、ブルブルと震えてた。アタシはその手をにぎり締めた。そしてもう片方の手でリリを抱きしめる。持っていた傘は、洋輔の傘と同じように転がった。<br/>
「……どうして？」<br/>
　どうしてこうなるんだろう。<br/>
　去年の１１月。３０２号室。<br/>
　洋輔のお見舞いにいった日に、とてもネガティブなアタシが予言したこと。<br/>
　バンドの解散。<br/>
　洋輔とリリの別れ。<br/>
　どうして黒いアタシは、こんなことまでしっかり予言してしまうんだろう。<br/>
「洋輔くんに、フラれちゃった」<br/>
　震えた声で、リリが報告した。<br/>
「うん」<br/>
　リリを抱きしめていた手を、小さな頭に添え直す。<br/>
「あのね、すごく悲しいこと言われたの」<br/>
「うん」<br/>
「なんでだろ？　好きなのに――わたし」<br/>
「ごめんね、リリ」<br/>
　リリが怪訝そうな顔をする。<br/>
「なんでアヤが謝るの？」<br/>
「アタシね、なんとなくこうなるんじゃないかって気がしてたの。だって洋輔は――」<br/>
　アタシはあのとき病室で思っていたことを正直に話した。<br/>
　だって洋輔は、あんなにBREATHのことが大好きで、なによりもドラムのことを愛していたから。<br/>
　ドラムを失ってしまった洋輔は、他のすべてのことを、ヒトを、拒否する気がしていた。<br/>
「なんだ、そんなこと」<br/>
　リリは泣き笑いみたいな顔で言った。<br/>
「だったらわたしも同じようなこと考えてたよ。洋輔くん、そんなヒトだもん、ね」<br/>
「……そうなの？」<br/>
「うん。――あのね、アヤの言うとおりだよ。左腕、ひどいケガなの。あんな大きなケガしてて、すぐにまたドラム叩けるようになるわけないもん。お医者さんも、真面目にリハビリしても１年後にお茶碗が持てるようになるかどうかって言ってたし」<br/>
　１年後にお茶碗って……想像していた以上のひどいケガに、アタシは震えた。<br/>
「そう、だったんだ」<br/>
「大好きなドラムを叩けなくなった洋輔くんのこと、あのときのわたしには想像なんてできなかった」<br/>
　けどいまは違う。ドラムを叩けなくなった洋輔を、リリはいつもいちばん近くで見ていたはずだった。<br/>
「なにがあっても、洋輔くんの支えになろうって決めてた」<br/>
　苦しそうに息を吐く。<br/>
「けど、ダメだった」<br/>
　雨に濡れたリリは、それでも泣いてるんだとわかるような大粒の涙を目から零れさせた。<br/>
「いっしょうけんめいそばにいようとしたけど、ダメだったんだ」<br/>
　それ以上なにも言えず、リリは声を殺して泣き続ける。<br/>
　額をくっつけるようにして、アタシも少しだけ泣いた。<br/>
　ちょっとデリカシーがないけど気のいいやつだった洋輔は変わってしまい、大好きなバンドはなくなってしまった。<br/>
　リリは大好きな人とお別れして、こんなにも傷ついている。<br/>
　こんなときにアタシの頭の中を、もうなくなってしまったバンドのあの曲が流れる。<br/>
<br/>
『Happy daily like a dream』<br/>
<br/>
　子守歌のように、その歌を歌ってみた。<br/>
<br/>
『There's just "two" of the world<br/>
　なんとなく　いつか叶うんじゃないかって思っていた夢を<br/>
　キミは他の誰かと　知らないうちに見ていたんだね』<br/>
<br/>
　洋輔のシンバルの音が、とても優しく頭に鳴り響く。<br/>
　続きは歌わない。この歌はアタシたちの大好きな歌だったから。<br/>
　続きはきっと、ふたりの頭の中で勝手に流れるの。<br/>
<br/>
『冷たくて持てない<br/>
　わがままをいうこの子のために<br/>
　ボクは缶コーヒーを両手で暖めてあげた<br/>
　キミは少しだけぬるくなったコーヒーを手に持って　ニッコリと微笑む<br/>
<br/>
　そしてふたり並んで歩くんだ<br/>
　ボクの冷たい心が　手から伝わらないように<br/>
　缶コーヒーで冷えた両手を　ポケットで暖めながら』<br/>
<br/>
「アヤの手、あったかいね」<br/>
　リリがアタシの左手をキュッてしてきた。にぎり返す。<br/>
　雨は相変わらず冷たいけれど、少し優しくなって霧のように私たちに降り注いでいる。<br/>
　もうあんな男のことなんて忘れちゃえばいいんだ。<br/>
　他の男なんて、探せばきっとすぐに見つかる。リリくらいかわいければ、ぜったい大丈夫だから。<br/>
　だからそんなに泣かないで、リリ。<br/>
「リリ、もう帰ろう？　アタシんちおいでよ。カラダあっためないと風邪ひいちゃうよ。ね、いっしょにお風呂はいろう」<br/>
「……うん。けど、今日は彼氏来てないの？」<br/>
「実は先週別れちゃったんだ」<br/>
「……そうなんだ。すごいタイミング」<br/>
「うん。だから似たものどうし、今日はうちで語ろうよ」<br/>
　ホントは、これから新しい彼氏と会う約束があったんだけどね。<br/>
　彼氏には悪いけど、そっちはキャンセルしようっと。<br/>
　うずくまっていたリリになんとか立ってもらい、アタシの傘にふたりで入って歩き出す。<br/>
　歌は、頭の中でずっと続いている。<br/>
　アタシたちが大好きだったバンドの、いまはもう演奏されない優しい歌。<br/>
<br/>
『そしてふたり並んで歩くんだ<br/>
　ボクの冷たい心が　手から伝わらないように<br/>
　缶コーヒーを持ってたほうで　キミの手をにぎりながら』<br/>
<br/>
　――けっきょくリリは、この日を境にあまり笑わない女の子になってしまった。<br/>
　甘えん坊で、寂しがりやで、いつも笑っていたリリ。<br/>
　いま思えば、洋輔がドラムを失って人が変わってしまったみたいに、リリもこのことをきっかけにして、どこか変わってしまったのかもしれなかった。<br/>
</span>
<br />
<br />
　<span class="font_red">&#32;&#62;&#62;&#32;</span> 【<a href="http://www.cnovels.com/shortstory/noise05-02.html">noise Vol.05 - 03・04</a>】 に続く<br />
　<span class="font_red">&#32;&#62;&#62;&#32;</span> 【<a href="http://www.cnovels.com/shortstory/lovesong2.html">noise Vol.04 - 後編</a>】 に戻る<br />]]>

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<title>短歌 ドラクエ９短歌</title>
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<modified>2010-10-24T17:53:01Z</modified>
<issued>2009-07-20T15:00:00Z</issued>
<id>tag:www.cnovels.com,2009://2.18560</id>
<created>2009-07-20T15:00:00Z</created>
<summary type="text/plain"> 楽しみに待っていたのにまた延期　誰か私にベホマをかけて 今度こそ延期はないと信じつつＤＳ買ったぜ勇者になるぜ 透明で浮遊中でも大抵のことはできるが壺が割れない 違和感を持たないはずがない　だって光り輝くうまのふんだよ？ 割ることができないでいた壺を割る　その代償に翼をなくした パーティーは一人男子で他はみな女子で組むのが旅の醍醐味 ショートよりやはりロングか　なら色は？　悩み続けるルイーダの酒場...</summary>
<author>
<name>千歳</name>
<url>http://www.ckotoba.com/</url>
<email>ckotoba@gmail.com</email>
</author>
<dc:subject>110_短歌</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.cnovels.com/">
<![CDATA[<span style="font-family:'ＭＳ Ｐ明朝','平成明朝',serif;">
<br />
楽しみに待っていたのにまた延期　誰か私にベホマをかけて<br />
<br />
<br />
今度こそ延期はないと信じつつＤＳ買ったぜ勇者になるぜ<br />
<br />
<br />
透明で浮遊中でも大抵のことはできるが壺が割れない<br />
<br />
<br />
違和感を持たないはずがない　だって光り輝くうまのふんだよ？<br />
<br />
<br />
割ることができないでいた壺を割る　その代償に翼をなくした<br />
<br />
<br />
パーティーは一人男子で他はみな女子で組むのが旅の醍醐味<br />
<br />
<br />
ショートよりやはりロングか　なら色は？　悩み続けるルイーダの酒場<br />
<br />
<br />
出入りが自由な乙女の沐浴場　男にしててとても良かった<br />
<br />
<br />
いいなそれ錬金したの？　すれ違い通信で会う夏の装い<br />
<br />
<br />
サンディがバタバタさせる両腕が高速すぎて目で追えません<br />
</span>]]>

</content>
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