生徒会が軽音部に来襲! 軽音部は学園祭で行われるライブ大会に参加し、優勝しないと、廃部に追い込まれることに。
1
放課後。第二音楽室の扉が音もなく開いた。うつむき加減の顔は長い髪に隠れ見えなかったが、彬にはそれが真崎聖だとすぐにわかった。軽音部の部室に泣きながら入ってくる少年など、彼ぐらいしかいない。
「せんぱ……い――もうだめです」
「ああ、そんなに泣いて……かわいそうに」
泣きじゃくる聖を、新田雄輔は優しく抱きとめた。林檎のように真っ赤になったほほをつたう涙を親指の腹でぬぐってやると、聖はびくりと身をすくませる。
「ほら、落ち着いて。もう大丈夫だから、ね」
柔らかな笑みを浮かべる雄輔を、その濡れたまなざしで見上げながら、聖は震える唇を開いた。
「……ぶ、部長。ぼく――もう、ダメ――」
そのての話が大好きな女子が見たら、卒倒するくらい喜びそうなシーンである。
「もう、駄目……です。……軽音部はっ、もう……」
「書記長。説明は僕がしよう。キミは下がっていたまえ」
そう言って聖に続いて第二音楽室に入ってきた人物に、彬はとまどいを覚えていた。
聖の後から入ってきたのは二人の男女である。
そのうちの少女の方は、彬は余りよくは知らない。たしか、椿小枝という名前で、生徒会の会長補佐に、一学期の選挙で立候補、当選したように覚えている。
背が低く、体の線も細くて、男からすれば守ってやりたいと思うか、ぎゅっと壊れるまで抱きしめたいと思うかのどっちかだろうというふうな和製美女で、そんなところが多くの男子生徒の票を集めたのだろう、票の獲得率は非常に高かったと誰かから聞いたような気がする。
そして、もう一人の少年のことは、彬もそれなりに知っていた。だからこそ、彼がこの軽音部を訪れたことにとまどいを覚えるのだ。
「なんだ、次郎じゃないか」
雄輔のその声も、意外そうな響きを含んでいる。
それはそうだろう。彼がこの軽音部に現れたことなど、今まで一度としてなかったのだ。軽音部とは少なからず縁を持っているにも関わらず、である。
「兄さん」
次郎と呼ばれた来訪者は、固い顔と声とを雄輔に向けた。次郎――フルネームを新田次郎という彼は、軽音部部長新田雄輔の、実の弟だった。
私立高峯学園高等部全科を代表する生徒会の、次郎は会長である。ちなみに、雄輔の胸に取りすがって泣いている真崎聖は生徒会の書記長であるから、聖の上役ということにもなる。
雄輔と次郎。彼らは、非常に兄弟仲が悪いので有名だった。
といっても、弟の方が一方的に、兄に対して攻撃的なのであるが。
「兄さん、今日は生徒会長としてあなたたちと、来年度における軽音同好会のあり方について、話し合いに来ました」
「うちは同好会じゃないよ」
雄輔が穏やかな声で弟をただす。
してやったりといった表情を、次郎はその、雄輔よりも心持ち線の細い、しかしよく似たハンサムな顔に張りつけた。
「それはどうせ今年度までの話だよ、兄さん。来年度より、軽音部は同好会に格下げされるのだからね」
「なんだと」
部屋の隅で話を聞いていた伸也が、生徒会長のその言葉に過敏に反応した。
「うちが同好会に格下げ? 聞いてないぞそんなこと!」
「だからいま話した。理由はちゃんと文書にしたためてある。会長補佐、渡してやってくれ」
平然とした口調で、生徒会長は言う。
「はい――どうぞ、坂上さん」
「文書だぁ?」
そう言って、伸也は椿から文書を受け取った。
「……おい、次郎。なんかこの紙汚いぞ」
「うちの書記長に書かせたんだが……」
生徒会長は憮然とした表情で聖を眺めた。聖は雄輔にティッシュを渡されて、鼻をかんでいるところである。
「あの調子で泣きながら書くものだから、涙やら鼻水やらよだれやらで書き終わるころにはそうなってしまったのだ」
伸也は、その文書を汚そうに指先でつまみながら、文面を読む。
「なになに……軽音部はこれまでに我が校において何の実績もあげていないばかりか、その行動は我が校の掲げる理念に著しく背くものであり、生徒の精神に悪影響を及ぼすと判断され……」
読み進めながら、伸也の表情はどんどん険しいものになっていく。
「……よって生徒会は、軽音部のクラブとしての活動を来年度より一切認めず、同好会として健全な精神の再建を促しつつ、期待するものとする……」
「と、いうことだ」
生徒会長は満足げに頷くと、軽音部の面々をゆっくりと見回した。
「これは正式なものだ。後はこれをしかるべきところに回せば、生徒会の要請は認められ、来年度には間違いなく軽音部というクラブは存在しなくなっているだろう」
「……納得できない」
彬は言った。皆の視線が彬に集まる。
「力ずくにもほどがある。いくら生徒会のいうことでも、そんな話、俺は認めないよ」
(――ねえ、私たちでバンド結成しない?)
彬の脳裏を、沙美の元気な声がよぎる。それは始まりの言葉だった。
(へー、けっこうさまになってきたじゃない)
(緊張してるの? ほら、しっかり!)
沙美は緊張しないのかと聞いたら、沙美は、緊張なんてしないと言った。
(だって、私たちの記念すべき初ライヴじゃない! さあ、いくわよ――!)
「――こんな話、俺は絶対に認めない!」
「そのッ、とおーり!」
突然伸也が叫んだ。
「ざけんなよ次郎。そっちがその気なら、こっちだってやってやる! ええい、こんなもの……」
次郎は文書をくしゃくしゃにして丸めると、口の中に放り込もうかどうか一瞬迷って、結局窓から放り捨てた。
「――これでどうだ!」
「念のために同じものはもう一枚用意してある。しかし……」
意外そうな面もちで、次郎は彬を見た。
「反発されるのは予期していたものの、口火を切るのがキミだとは思っていなかった。正直驚いたよ、久瀬。ただ、もう一度言うが反発されるだろうとは予想していた。最初は強行に実施するつもりだったが……別の案が出てね。今回はそれを採ることにしたが、どうやら正しい選択だったようだ」
会長補佐が心得たように取り出した厚紙を、生徒会長は芝居がかった動作で広げてみせた。
「これを見たまえ」
厚紙にはポスターふうに、大きな字でこう書かれていた。
学園祭、バンド対抗ライヴ合戦!
――参加バンド募集中――
「……なんだこれ」
伸也の素直な疑問に、次郎も素直に答える。
「学園祭のイベント告知だ」
雄輔は聖をじっと見つめた。
「あれもキミが書いたのかい?」
泣きながら頷く聖。
「……なかなかいいポスターじゃないか。センスを感じるな。今後軽音部のポスター作成は、すべてキミに任せることにしよう」
「つまりこういうことだ。キミたちはこのイベントに参加し、他のバンドに混じってライヴを行いたまえ。その後、生徒からどのバンドの演奏が最も良かったか票を集め、最も票を集めたバンドを優勝者とする。それで軽音部が優勝したら、今回の話はなかったことにしようじゃないか。しかし、投票の結果、もしも軽音部が優勝できなかった場合は、キミたち自ら、軽音部の自主解散を我ら生徒会に申し入れるのだ」
「――それはいい! ぜひ参加させてもらおうじゃないか」
雄輔が、ポンと手を鳴らしながらそう口を出した。
「ちょうど部費がなくなって、軽音部だけではライヴの開催が難しくなっていたところだったんだ。渡りに船とはこのことだよ、生徒会長」
「やりましょう先輩ッ。やって優勝しましょう!」
伸也も、やる気は十分のようである。
「あれだけの部費が、もうなくなった……?」
信じられないといった様子で呟く生徒会長を眺めながら、彬も決意を固めていた。実際、バンドが学園祭にライヴの参加を要求されて、断れるはずがない。しかもそれがバンド対抗となればなおさらである。学園唯一の軽音部としては、参加して、そして当然のように優勝しなければならなかった。
しかし、それはじつは、それほど簡単なことではない。
マンモス校である高峯学園では、毎年、多くの学生バンドが文化祭でライヴを披露する。
その中には結構本気でプロを目指し、地道に練習しているバンドや、すでにライヴハウスで何度もライヴを重ね、自主制作CDを売り出し、熱狂的なファンまでついているバンドまで存在するのである。
もしも彼らが参加するということになれば、軽音部といえども優勝は難しくなるだろう。
「ちなみに優勝賞金は百万円だ。おそらくこのイベントは、学園祭の目玉となるにふさわしいビッグなスケールで展開されることになるだろう」
「ひゃ、ひゃくまんえん!?」
伸也が驚きの声を上げる。
彬もその賞金の金額の大きさに驚きながら、唇を噛み締めた。そんな賞金が発表されたら、応募は殺到するに違いない。
「そうそう、すっかり忘れるところだったよ」
去り際に立ち止まって、生徒会長は今思い出したというように声を上げた。
「このイベントには、生徒会も参加させてもらうよ。当然、いちバンドとしてね」
「はあ? なに言ってんだ。おまえらバンドなんて組んでたか?」
伸也のその問いは無視して、新田次郎は椿小枝のほうを振り向いた。
「――ちなみに会長補佐。今現在、生徒会の支持率はどのくらいだね」
「九十二パーセントですわ。会長」
「うむ。与党も羨む数字だね。ついでに訊くが、生徒会ファンクラブに加入しているものは、今何人いる?」
「それは、生徒会メンバー個人に対するファンクラブも含まれるのですか?」
「ああ、すべて合わせてだ」
「複数のファンクラブに所属しているものもいますので正確な数は把握しきれませんが、のべ人数で三百四十五名、実数ではおそらく三百人前後になるかと――」
「なるほど、大変結構だ」
生徒会長は満足げに頷いた。
「ならばうちは、参加すれば三百票は確実に取れるということだね。ああ――今から文化祭が楽しみになってきたよ」
2
「無理です。せんぱいっ……」
生徒会の二人が去った後、聖は泣きながら訴えた。
「あの人たちは、最初から三百票持ってるんですよ。しかもあの生徒会長は、票集めに関しては天才的な手腕の持ち主なんです。選挙の時だって、十数人に及ぶライバルをすべて蹴散らして、圧倒的な大差で票を勝ち取ったかたなんですから。あの人たちに軽音部みたいなスチャラカバンドが、とても太刀打ちできるわけが……」
「ええいッ、スチャラカバンドって言うなー!」
すぱーんッ。
伸也が聖を上履きではたいた。
うずくまり、頭を押さえてしくしくと泣くヴォーカリスト兼ベーシストに、頭上から言い放つ。
「いいか聖。うちは、おもっくそ嘗められてんだぞッ。軽音部つかまえて、ライヴでトップになってみせろだと? じょーとーじゃねーか。なにが三百票だ。そんなもん、ハンデにもなりゃしねえっての。見てろよ○○(自主規制)野郎。軽音部の実力を、その耳に思い知らせてやる!」
「もう泣くのはおよし、真崎君。うちの天才ギタリストがああ言っているんだ。きっと、なんとかなるさ」
「……そうでしょうか?」
聖が顔を上げると、天才ギタリストは腕をファッキューの形にして、出入り口に向かってしきりと悪態をついているところだった。
「……僕はとても部長みたいに楽観的にはなれません」
「キミは軽音部のヴォーカリスト兼ベーシストだろう」
キーボーディストは、少し叱るようにして彼にそのことを思い出させた。
「僕たちがやれば、なんだって出来るさ。そうだろう、久瀬君?」
「やりましょう、部長」
いつになく彬も燃えていた。そうだ。あそこまで馬鹿にされて、黙ってなどいられるものか。やってやるのだ!
「――最高のライヴを!」
彬の言葉に皆が頷く。伸也は握り拳つきで、雄輔は力強く、聖はおずおずと。
そして、一斉に唱和した。
『Let's play the greatest live!』
それは、ライヴが始まる直前に、彼らがいつも決まって叫ぶかけ声であった。
軽音部は今、熱く燃えていた。燃えさかっていた!
「……あの、彬さん?」
ノアエティルアがそう言って服を引っ張るので、彬は視線を移した。見ると、ノアエティルアはなにやら真剣に考え込んでいる様子である。
「どうしたの、ノア?」
「さっき坂上さんが言っていた、○○(自主規制)ヤロウて、どういう意味ですか?」
慌ててノアエティルアの口を手でふさぎ、真っ赤になる彬であった。

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