「ただいまー」 ブーツを脱いで、足を引きずるようにして部屋の電気をつける。 あたりまえだけど、ひとり暮らしの部屋には誰もいない。 壁の時計は11:40だった。 たしかイブって、日付がかわると終わるんだっけ。 わたしのイブは先に終わっちゃったけどね。 「……足いたーい」 エアコンつけて、コートを脱ぎながら文句を言ってみる。やっぱり誰もこたえてくれない。 「もうヤダ」 ため込んでたもの...
「ただいまー」
ブーツを脱いで、足を引きずるようにして部屋の電気をつける。
あたりまえだけど、ひとり暮らしの部屋には誰もいない。
壁の時計は11:40だった。
たしかイブって、日付がかわると終わるんだっけ。
わたしのイブは先に終わっちゃったけどね。
「……足いたーい」
エアコンつけて、コートを脱ぎながら文句を言ってみる。やっぱり誰もこたえてくれない。
「もうヤダ」
ため込んでたものを吐きだすように言って、ベッドに倒れこんだ。
で、それきりもう力尽きたみたいにぼーっとしてると、きょう一日のことがよみがえってくる。
いつもの駅で待ち合わせて。
3日前にいったばかりのショッピングモールにつれてかれて、そんなに欲しくなかったカーディガン買って。
たくさん歩いて、痛む足のなかイルミネーションみて。イルミネーションに夢中になりすぎた彼氏とはぐれてしまって。
そのあとファミレスにいって、なぜかウマのぬいぐるみを渡されて。
お泊まりもしないまま駅の改札で彼氏と別れて、それでイブの夜はおしまい。
ね、わたしがすねちゃうのも、無理ないと思わない?
しかもさらによくないことに、別れるときにちょっと泣いてしまった。
「泣いちゃったの、みられたかな……」
みられてたとしたら、どう思われただろう。めんどくさい女とか思われてたりしたらどうしよう。
けど、ヨシオくんもヨシオくんだよ。
もっと、楽しいイブにしてくれたらよかったのに。
なぜかいつもクリスマスには彼がいなかったわたしにとって、彼氏と過ごすイブって憧れだった。そのせいもあって、ずっといろいろ想像してたの。
たとえばキャンドルナイトイベントとかみて、そのあと超ステキな夜景がみえるレストランにいって、夜は高級ホテルで、部屋にはクリスマスツリーが飾り付けしてあって。
朝起きたらツリーの下にサンタさんからのプレゼントが置いてあるの。
プレゼントはかわいい指輪とかで、裏にはイブの日付と、ふたりの名前がほってあるんだよ。
ため息をつく。わたしバカだ。
こんなふうにいろいろ想像しすぎて、期待がどんどん膨らんで、結局現実とのギャップに失望してるんだもん。
ホント、バカだと思う。
――あれ?
そんなことを考えはじめて思考がどんどんネガティブモードになっていってたとき、部屋のすみに追いやっていた置き電話がピカピカ光ってるって気づいたの。
伝言が入ってるみたい。
ふだんケータイしか使ってないから、部屋の電話機に着信があること自体めずらしい。たまーに、お母さんから電話がかかってくるくらい。
伝言もだからお母さんからかなって思ったら急に声がききたくなって、再生ボタンを押した。
『18:01のメッセージです』
無機質な女性の声でアナウンス。
ちょうど駅で待ち合わせしてたころだ。18:00に待ち合わせだったのに、ヨシオくん遅刻したんだよね。
『もしもし、オレ』
「えぇ、なんで?」
声の正体はヨシオくんだった。驚いて、メッセージに向かって話しかけてしまう。
けれど数時間前のヨシオくんに声が届くわけない。
『これをきいてるときは、たぶんデートから帰ったばかりのころだよな。イブの夜は楽しかった? オレはいま緊張してるよ。実は、イブのデートってはじめてなんだ』
え、ヨシオくんも……?
『ショッピングモールは楽しかった? あそこじゃいつもおまえ値札にらんでたから、きょうのセールを知ったら絶対喜ぶと思ってさ。イルミネーションは? イブのデートといえばイルミネーションだって先輩が言ってたから、ネットで人気スポット調べまくったんだぜ。あと、おまえの好きなウマのぬいぐるみは気に入ってもらえたかな。ウマって意外とおいてなくて、かわいいのみつけるの大変だったよ』
ききながら、今頃になって気がついた。ヨシオくんだって、いっしょうけんめい今夜のことを考えてくれてたんだって。
自分のことしか考えてなかったわたしと違って、彼はこんなわたしのことだけを、ずっと想ってくれていた。
『オレたちさ、付き合いはじめてまだ2ヶ月とちょっとしか経ってないだろ? 正直まだよくわかってないかもしれないんだ。おまえの好きなものとか』
優しい声で、ヨシオくんは続ける。
『おまえはたぶん、買い物が好き。好きな色はピンクだな。夜景が好きだから、イルミネーションもきっと好き。ぬいぐるみはウマ。あと、あのファミレスの味がマイブーム――どう? これぜんぶ当たってたら、きょうのデートは成功間違いなしだ』
優しい声をききながら、気がついたら泣いてしまっていた。
『たぶん照れちゃって面と向かっては言えないと思うから、ここで言っとくよ。きょうは一日ありがとうな。あと、いつもオレのそばにいてくれてありがとう。オレを好きでいてくれてありがとう。オレも好きだよ。だから、これからもよろしく』
「ヨシオくん――」
それ以上は、声にならなかった。だから心の中で言ったの。
わたしのほうこそありがとう。
せっかくヨシオくんの気持ちがこもったイブだったのに、すねちゃってごめんね。
『そうそう、最後にもう一個、サプライズがあるんだぜ。まずウマをみてくれ』
え、サプライズ?
キョロキョロと部屋を見回す。あった。もらったばかりの白い袋は、申し訳ないことに部屋のすみっこに捨てられたみたいに転がっていた。
あわてておウマさんのぬいぐるみを袋から取りだす。すこし前まで微妙な気持ちしか与えてくれなかったぬいぐるみが、いまはとても大事な宝物に思えた。
わたしがぬいぐるみを手にしたのを見計らったように声は続いた。
『ぬいぐるみの背中に、チャックがあるのわかるか?』
チャック? ――あった。
『そのチャックあけてみてくれ。本命のクリスマスプレゼントが入ってるからさ』
チャックを引っぱって中に手を入れてみると、四角いアクセサリーケースがみつかった。
震える手でちっちゃなケースのフタを開く。中には、ピンクゴールドのリングがきらめいていた。
『気に入ってくれた? 留守電で長い時間ごめんな。じゃあそろそろ切るから。これからおまえに会うからさ――やべ、遅刻しちゃったよ。おまえ許してくれるかな』
メッセージはこれでぜんぶだった。
リングにみとれていたわたしは、ハッとしてケータイを探した。みつかったケータイのいちばん上の発信履歴をクリックする。
コールが鳴りはじめた。
『もしもし』
すぐにヨシオくんは出てくれた。
「ヨシオくん、プレゼントありがと――ごめんね、わたしきょういい子じゃなかったかも。ステキなイブありがとね。すっごく嬉しいよ。きょう、最高のイブだったから。指輪も大事にするね」
ということを言ったつもりなんだけど、涙がどうしても止まらなくて泣きじゃくりながらだったから、ちゃんと伝わってない気がする。
『よかった』
それでも、ヨシオくんは嬉しそうに言ってくれた。
『最後、別れ際に泣いてた気がしたから気になってたんだ。足痛かったんだろ。ごめんな、オレ、まさか泣くほど足が痛いだなんて思ってなかったから』
「ううん、いいの。もう痛くないし」
泣いてた理由は違うけど、そこはあえて指摘しないことにする。
『あ――いまちょっと窓の外みてみろよ』
「え、なに?」
窓の外って、もしかして雪? ホワイトクリスマス?
「ちょっとまって。いまみるから」
すばやく涙を拭いて、鼻をかんでから、窓のカーテンをあけてみた。よくみえない。思い切って窓をあけて寒い中ベランダに出てみた。
うーん、雪は降ってないよね?
「別になにも――」
言いながら下をみて、ハッとした。
ベランダのすぐ下にある公園でわたしをみあげているのが、トナカイの角を頭に生やしたヨシオくんだって気づいたから。
すぐに部屋にかけもどって、サンダルを履いて外に飛び出した。階段を降りて、手をふるヨシオくんのもとに走る。
「びっくりした?」
ヨシオくんはいたずらっ子みたいな笑顔だった。
「もうちょっとして電話かかってこなかったら、オレから電話するとこだったよ」
トナカイの角がついたカチューシャをヨシオくんから取りあげる。
息を整えようとしながらきいた。
「なんで、トナカイ、なの?」
「え、だってクリスマスだから」
「だったら、サンタさんの帽子で、いいでしょ」
「あ、そうか。たしかに」
ホントこのヒトって、どっかずれてる。そう思いながら、彼のそんなところを大好きになってる自分に気づいて驚いた。
結局わたしって、ヨシオくんのこといままでちゃんとみてなかったんだなって思う。
イブに彼氏とステキなデートするって勝手にワクワクして、けどただワクワクするだけで、デートプランとかぜんぶ相手にまかせきりで自分はなにもしない。
こんなダメな彼女なのに、ヨシオくんは彼だけのやりかたで、わたしと最高のイブを過ごしてくれた。
遠くから鐘の音がきこえてきた。
「なんだこの音――どっかで火事か?」
「ううん」
わたしはヨシオくんに教えてあげた。
「0:00になったんだよ。むこうに教会があるから、たぶんそこ」
「あ、そうかぁ」
「ねぇ、寒くなってきちゃった。ウチの中入ろう?」
「そうだな――」
続けてヨシオくんは、先に歩こうとしたわたしの名前を呼んだ。
「え、なに?」
「メリークリスマス」
振り向いたわたしに、冷たくて、優しいキスをしてくれる。
目を閉じる瞬間見えた星空が、とてもきれいで、しらないうちに涙が出ちゃってた。
顔を離したヨシオくんが、泣いているわたしに気づいて驚いた顔をする。
ヨシオくんのなにか言おうとしたシタクチビルに、そっと手をあてた。
「なんでもないの」
ふたりが吐いた息が重なって、すこしだけ空に近づいて消えていく。
>> 【eve Love 後編】 に続く

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