弁天町物語

埠頭。海。廃墟。きっともう、忘れられない記憶――

弁天町物語 - 幾千の物語

2005/01/23UP

登場人物
トオル 男(20)
ハルカ 女(20)
リオ 女(20)
ミカ 女(20)
先生 男(30)


○文字のみ
   思い出の場所、弁天町。
   埠頭。海。廃墟。きっともう、忘れられない記憶――


○デザイン学校
   校内のベンチに座っているリオとミカ。
   ちょっと困ったような顔をしているリオ。
   そんなリオの両手を握り、元気付けている様子のミカ。
リオ「やっぱりわたし……ムリかも」
ミカ「リオなら大丈夫だよ。がんばって!」
リオ「だって、トオル君、人気あるし」
ミカ「そんなの関係ないって」
リオ「彼女だっているし」
ミカ「彼女って、ハルカのことでしょ? それはさっき話したじゃん!」
リオ「うん……でも……」
ミカ「でも――じゃないの!」
   リオの顔を覗き込み、無理やり目を合わせるミカ。
ミカ「あんたはなんでも開き直ったらいい仕事するんだから、覚悟を決めなきゃダメ! いい、あなたの置かれている状況を、もう一回整理するわよ!」
リオ「は、はい!」
ミカ「よろしい。まず、あんたはトオル君のことが好き」
リオ「うん! 大好きなご飯も食べられないくらい!」
ミカ「けど、トオル君には超美人の彼女がいる。名前はハルカ」
リオ「……そう、すっごい美人なの。もうずるいくらい」
ミカ「ハルカは、あんたの友達」
リオ「うん、子供の頃からずっとずっと親友だよ♪」
ミカ「つまりあんた、親友の彼氏に恋しちゃったわけね――けど、ハルカは3ヶ月前に、この町から出て行った。夢を追って、東京に行ったのよね?」
リオ「そうなの。ハルカ、元気にしてるのかなー」
ミカ「そのせいで、トオル君に最近元気がない」
リオ「あんなに元気のないトオル君、もう見てられないよ」
ミカ「そう思ったのかどうかは知らないけど、最近になって学校の一部の女子たちが、トオル君を狙い始めた」
リオ「この前もデート誘われてたよ。断ってたけど、なんか悪い気してなさそうだった」
ミカ「んで、ほかの女に取られるくらいなら、いっそのこと自分がとっちゃえと、ついにあんたは決心したのよね? トオル君をゲットするって!」
リオ「うん、ずっとこの気持ち、抑えてきたけど――トオル君はハルカの彼氏だからいけないって、ずっと我慢してたけど、どっかのウマのホネに取られるのなんて許せない! だったらハルカには悪いけど、トオル君を、わたしのものにする!」
ミカ「その調子よ。――けど、ただデートに誘っても、簡単についていくほど、まだトオル君はハルカのことを吹っ切ってはいない」
リオ「うん。わたしが観察してる限りでは、どんなにデートに誘われても、告白されても、一度もOKしてないよ。たまにすっごく心動かされそうになってるっぽい時もあるけど」
ミカ「だからわたしたちは考えた。そして思いついた。あなただからできる、トオル君をデートに誘う方法をね!」
リオ「……そうだったね。ミカ。わたし弱気になってた!」
   リオはすっくと立ち上がった。
   空を見上げ、メラメラと燃えている。
リオ「わたし、ほかの女になんか負けない。だってわたしが一番トオル君のことを好きなんだって自信あるから!」
ミカ「そうよ、その意気よリオ。あなたはやればできるんだからがんばんなさい。突撃して、燃え尽きて灰になるのよ!」
リオ「うん、わたし、灰になる! って、灰になっちゃダメじゃん!」
ミカ「あ、来た」
リオ「ええ!?」
   ミカの指差した方向から、二人の男が歩いてくる。
   一人は三十歳くらいの男。先生だ。
   もう一人はトオルである。
ミカ「もうためらってる場合じゃないよ。ほら、早く――って、あ、もう行っちゃってる」
   リオはすごいスピードでトオルに向かって走っていった。ほとんど突進と変わらない勢いだ。
ミカ「相変わらず、一度開き直るとすごい行動力ね。さてと――」
   ミカ。ゆっくり立ち上がる。


○デザイン学校
   トオルと先生が並んで歩いている。
先生「最近どうしたんだ、トオル? 授業に身が入ってないぞ」
トオル「すみません……」
先生「もうすぐ大事な資格試験もある。浮ついてて通る試験じゃないって、お前も分かってるだろう?」
トオル「はい――俺、もっと頑張ります」
先生「駄目だ」
トオル「――へ?」
先生「理由はなんか知らんが、お前ストレス溜まった顔してんだよ。俺の経験からすると、そういう時は『もっと頑張って』ちゃ駄目なんだ。胃壊すのが関の山さ」
トオル「はあ……じゃあどうすれば?」
先生「ストレス解消だよ。酒飲む奴もいるし、やけ食いする奴もいる、パチンコがストレス解消法っていう浪費家もいれば、ただひたすら寝るだけの奴ももいる。まあ、色々だ。」
トオル「先生は何なんですか? ストレス解消法」
先生「俺は女だ」
   しらっと言う先生にあきれた顔をするトオル。
先生「ところでトオル。こっちに凄い勢いで走ってきてる子がいるが、知り合いか?」
トオル「あ、リオ……?」
先生「そうか。ま、たまには気分転換に、ああいう元気な子とデートでもしてみたらどうだ?」
トオル「そんな……」
リオ「トオル君!」
   目の前に行く手をふさぐかのように立ち塞がるリオに、トオル、多少呆然としている。
先生「じゃあな、がんばれよ」
   そう言って、片手を挙げたのを挨拶代わりに去っていく先生。
リオ「あ、ごめんね。勉強の話してた? 先生と」
トオル「いいや、全然」
   きっぱりと言うトオルに、怪訝な顔をするリオ。


○デザイン学校
先生「まあ、あいつは、女に走るのはやめておいたほうがいいかもな」
   先ほどトオルと別れたばかりの先生が、挨拶してくる女生徒にさわやかな笑顔を返しながら、一人呟いている。
先生「ありゃどうやら女で苦労するタイプだ」


○デザイン学校
リオ「ねえ、トオルくん」
   息を整えながら、リオは改めてトオルの名を呼んだ。
トオル「なに?」
リオ「なんか、二人でお話しするの久しぶりだね」
トオル「ああ、そうだなー。最後に二人で話したのって、そういやいつだったかな」
   覚えていないんだろうな。そう思って少しだけ寂しげな顔をするリオ。
リオ「あのさ……ハルカが東京に行って、もう3ヶ月だね」
トオル「3ヶ月と15日だよ」
リオ「……さみしい?」
トオル「そりゃあね。それだけの間、最愛の彼女に会えていないわけだし。それどころか、声も聞いてない」
リオ「え? 電話もしてないの?」
トオル「そうだよ。ハルカが向こうに行って一年間は、お互いに連絡取り合わないって、無理やり約束させられたんだ。もちろん会うのもNG。――ああ、あんな約束するんじゃなかった……!」
リオ「そうなんだ……ねえ、じゃあ今度の休みの日、ビデオレター撮らない?」
トオル「え、なに? ビデオ――?」
リオ「ビデオレター。わたしたちでハルカが懐かしがる場所とか、メッセージとか撮って送るの。ビデオレターならさ、連絡取り合ってるわけじゃないし、OKだよね?」
トオル「うーん」
トオルの記憶の中の先生の声(たまには気分転換に、ああいう元気な子とデートでもしてみたらどうだ?)
トオル「……うーん」
   いつになく悩んでいる様子のトオルに、ここぞとばかりに追い討ちをかけるリオ。
リオ「ハルカ、きっと喜ぶと思うなあ」
トオル「……え? そ、そうかな?」
リオ「やだな、あたりまえだよー! 大好きな彼氏の姿と声だよ? 喜ばないわけないじゃんッ」
トオル「……じゃあさ、弁天町に行こうよ」
リオ「弁天町……?」
トオル「うん。ハルカの好きな、町だったから――」


○美術館
   アート作品を二人して見ているトオルとリオ。
   作品を見て感心したり、笑ったり感動したり、ことさら大げさに振舞うリオ。
   トオルは時折ビデオカメラで作品を撮影している。
   そんなトオルのことを、リオは気に入らない。
リオ「なによ。トオルくんったらビデオ撮ってばっかり!」
   ビデオカメラで作品を撮ることに夢中なトオルの背中を、リオは気づかれないように睨みつける。
リオの心中(わたしのことなんて、ちっとも見てくれてないじゃない)
トオル「え、なんか言った?」
   そんな声さえも、トオルには聞こえていなかった。絵を見たり、撮影したりするのに、心底夢中になっているのだ。
リオ「なんでもないよ!」
トオル「あ、これ良い絵だね。ね、そう思わない?」
   そう言って、一瞬笑顔をリオに向けるトオル。その笑顔にドキリとするリオ。
リオ「あれ? もういいの、ビデオ撮らなくて?」
トオル「うん、ハルカの好きそうなのは、もう一通り撮ったからさ」
リオ「そうなんだ。あ、ねえ、あれ見に行かない?」
   リオの指差す先には、実際に触れる展示品がある。
トオル「うん、いいよ」
リオの心中(スキンシップ大作戦なのだ)
   率先して展示品でスキンシップに努めるリオ。
リオ「あ、これ、中に入れるみたいだよ」
   黒いカタマリのような展示品の中に入ったりして、ことさら可愛くはしゃいでみせる。
リオ「キャア!」
   リオが中に入った途端、転がる展示品。
   それを見て喜ぶトオル。
トオル「しょうがないなあ。髪グチャグチャだよ――ほら」
   黒いカタマリから顔を出したリオの髪が乱れていたので、直してあげるトオル。
リオ「えへへ」
リオの心中(ラッキー)
リオの心中(スキンシップ大作戦、大成功!)
リオの心中(ここが思い出の場所になるような、今日は絶対そんな日にするんだから!)


○加藤汽船ビル 埠頭
   気分も乗ってきて、いろいろなものを撮りまくるトオル。
リオ「ねえ、あれも撮ろうよ!」
   美術館と違って大声出しやすいので、そんなトオルに、リオは思い切って何度も声をかける。
リオ「風、強いね!」
リオ「けど、気持ちいい――!」
   そう言って目を細めたリオを、何気なく撮影するトオル。
   リオの横顔がなんだかとても物憂げで、トオルは思わずビデオカメラ越しに見入ってしまう。
   そんなトオルの様子に気づき、変に思うリオ。ビデオカメラのレンズに顔を近づける。
リオ「ん? どうしたの?」
トオル「な、なんでもないよ!」
リオ「――変なの」


○加藤汽船ビル ベンチ
   二人はベンチに座り、体をお互いの方にひねって向かい合っている。
   トオルはビデオカメラをリオに向ける。ハルカへのメッセージを撮っているのだ。
リオ「ハルカ久しぶり! 元気してる?」
   ビデオカメラに向かって手を振るリオ。
リオ「わたしはあいかわらずだよー! エリがねえ、今度結婚するんだよー! 誰とだと思う? なんと、フジサワ先生とよ!  あの二人怪しいって、わたし卒業する前から思ってたんだあー。ねえ、びっくりだよね! あとね……」
   身振り手振りを交えながら、楽しそうに話すリオ。
   話しだすと、止まらなかった。
   リオにとって、ハルカは恋敵だった。
   しかしその前に、大事な友達でもあるのだ。
   一通り話し終えて、トオルと交代になった。
   トオルにビデオカメラの使い方を教わり、レンズをトオルに向ける。
リオ「ヤッホー!」
   カメラの向こうのトオルに手を振るリオ。
リオの心中(カメラ通して見てもカッコいいー!)
   トオルははにかみながら、リオの向けるビデオカメラをまっすぐ見た。
リオの心中(あ……)
   一瞬ドキリとしたリオは、やがて笑顔を曇らせた。
   トオルの視線の先に、自分がいないことに気がついたから。
リオの心中(トオルくんの視線の先に、今、私はいないんだ……)
リオの心中(その先にいるのは、きっと……)
トオル「ハルカ」
リオの心中(そう――) リオの心中(こんなふうに、トオルはハルカのことを、いつもとても大事そうに呼んでいた)
リオの心中(そのことが私には、いつもとても羨ましかった……)

●トオルとハルカが出会い、付き合うまでのイメージ。
三人は、バイト先のファミレスで出会った。
もともと友人同士だったハルカとリオ。先にファミレスで働いていたトオル。
もともと気があったのだろう、トオルとハルカはあっという間に仲良くなり、気がついたら付き合っていた。
最初のデートで始めて手を繋いだ。
ひとつのアイスクリームを二人で分け合った。
寒くて、いつの間にか寄り添っていた。
駅の中、デートの別れ際に始めてのキスをした。

トオル「そっちはどう? だいぶ涼しくなった?」
   ゆっくりと、ハルカに語りかけるトオル。
トオル「向こうに行ってからのハルカは、とても忙しそうだけど、もう慣れた?」
トオル「飯とか、たまには自分で作ってる? って、ありえないかそんなこと――料理、死ぬほど苦手だったもんな」
   少し笑うトオル。
トオル「俺は、相変わらずだよ……」
   少しためらうそぶりを見せたトオルだが、意思を固めたように、またまっすぐカメラを見た。
   決して自分に向けられているわけではないそんなトオルの視線に、リオは思わず、一瞬目を背けてしまう。
トオル「……なあ、あれ、覚えてる? 最後に二人でここに来た日のこと」
   一つ一つの言葉をゆっくりかみ締めるように話すトオル。
   そんなトオルを、リオは再びレンズ越しに見つめる。リオ、泣きそうな顔をしている。
トオル「ハルカさ……その時に、俺に言ったよな。私の夢は叶えるのがとても大変だから、今私ができる、精一杯のことをしていたいって」
   言いながら、トオルは少しの間、瞳を閉じた。
トオル「そうだ、あれは今日みたいに、晴れた日だった――」
トオルの記憶の中のハルカの声(だから私、決めたの。東京に行くって!)
トオル「その言葉を聞いた時、俺、どんな顔してた? よほど間抜けな顔してたんだろうな。俺の顔を見て、ハルカは思いっきり笑って――そして、そう、このベンチに座って、あの空を見上げながら言ったんだ」
トオルの記憶の中のハルカの声(東京に行って、もっと色んなこと勉強しないとだめだと思うんだ。このままじゃ私、きっと一生後悔する!)


○トオルの記憶 加藤汽船ビル ベンチ
   ベンチに座るトオルとハルカ。
   ハルカは希望に満ち溢れたように空を見上げ笑顔でいる。
   トオルは困惑して、眉間にしわを寄せハルカを見ている。
トオル「東京行くって、一人暮らし? そんなの、だって無理だろ?」
ハルカ「はあ? なにが無理なのよ?」
トオル「いや、だって先立つものとか、住む場所とか、仕事とか……」
ハルカ「お金はバイト代貯めてるし、住む場所も、仕事だってこれからなんとかするわよ」
トオル「だって――」
ハルカ「ああ、もう、だってだって、うるさーい!」
   軽く癇癪を起こすハルカ。すぐに少し冷めた目をして、トオルを一瞥する。
ハルカ「――あんたもやっぱり他の奴らと同じよね」
   ムッとするトオル。
トオル「なにがだよ」
ハルカ「だってそうじゃない」
   そっぽを向いたまま、続けるハルカ。
ハルカ「いろいろ理由つけては、自分が行動しないことの言い訳にしてる。そんなの――」
   向きなおり、至近距離でトオルをじっと見つめながら、人差し指を立ててハルカは言った。
ハルカ「ただの臆病者の理論でしょ」
   不意に、心配そうな顔をするハルカ。さっきから猫のように、表情が変わっている。
ハルカ「やだ、怒った? ごめんね」
トオル「――いいよ。そうやって思ったことをすぐ言っちゃうところが、ハルカの良いところだから」
   微笑むトオル。
ハルカの声「でも悪いところでもあるよね! ああ、けどよかった。怒ってるんじゃなくて――せっかくのデートだしね、今日」
トオル「うん」
ハルカ「――別に、今すぐ東京行くっていうんじゃないからさ。きっと、まだずっと先の話だから」
トオル「うん」
ハルカ「…………」
トオル「…………」
ハルカ「……今日、楽しかったね」
トオル「そうだね」
   いつの間にか、肩を寄せ合って海を眺めている二人。
ハルカ「……今何時?」
   不意にハルカがトオルに尋ねる。
トオル「えーと、4時になったところ」
ハルカ「あ、いっけない! もうバイト行かなきゃ!」
トオル「ええ、今日バイト入れてるのか?」
ハルカ「今日も明日も明後日も、ずっと入ってるの! ――じゃあ、私先行くから!」
トオル「ええ!? だってこれから、俺のとっておきの場所に案内するって約束……」
ハルカ「また今度ね」
   ハルカ、トオルに軽くキスする。
ハルカ「愛してるよ、トオル。また電話する。じゃあね!」
   そういって、さっさと走って行ってしまうハルカ。
   あきれた顔をして、ハルカを呆然と見送るトオル。
トオル「お前は男か……」
トオル「キスで、相手を黙らせようとするなんて」


○現在 加藤汽船ビル ベンチ
リオの心中(私、今日トオルくんをGETできるかもなんて、なんで思ったんだろう)
   何かを思い出すかのようにじっと目を閉じているトオルを、絶望的な気持ちで撮り続けるリオ。
リオの心中(ここは、二人の思い出の場所なのに――)
リオの心中(ここでトオルがハルカ以外の女の子のこと、考えるわけない――)
リオの心中(――考えられるわけ、ないのに……)
トオル「……そうだな」
   物思いから覚めたように、トオルはフッとつぶやいた。
トオル「お前はいつもとてもひたむきで、無茶ばっかりしてて。正直俺はたまについていけないことがあったよ」
   リオの複雑な胸中に気づくことなく、トオルはハルカに語りかける。
トオル「なんでこんなに張りつめてるんだろうって。もっと肩の力を抜いたらいいのにって、そう思ってた」
トオル「けど……最近、最近さ。よく思うんだ。ひょっとして、おかしいのは俺の方なんじゃないかって」
記憶の中のハルカの声(――あんたもやっぱり他の奴らと同じよね)
トオル「……そう、同じなんじゃないかって」
   無理やり空気を吐き出すように、トオルは言った。
トオル「お前が公然と蔑んでいた奴らと同じで……一度しかない人生を周りに……周りに流されながら、ただ、生きてるだけなんじゃかいかって――!」
トオル「そう思って……たまに、とても辛くなる」
   トオルはいつの間にか涙を流していた。
トオル「ハルカ」
   トオルは、とても大事そうに、その名を口にした。
トオル「ハルカ。俺、お前に会いたいよ」
   リオはギュッと唇をむすんだ。
トオル「話したいことはたくさんあるんだ。聞きたいことも――ハルカの声を聞きたいんだ。お前の……!」
   うつむくトオル。
トオル「……お前のそばに、いたいんだ」
   気がつけば、リオも泣いていた。


○加藤汽船ビル ベンチ
   ビデオレターが終わり、しばらくの間二人とも放心状態でいる。
   次第に立ち直る様子のトオル。
   うつむきっぱなしのリオ。
   そんなリオに気がつくトオル。
   戸惑い、何度か声を掛け損なう。
トオル「……あのさ」
   思い切って声をかけるトオル。
   しかし、リオは顔を伏せたまま動かない。
トオル「……リオ」
   多少強く発せられたその言葉に、思わず顔を上げたリオ。
トオル「……ちゃん?」
リオ「…………なに?」
トオル「ちょっと歩こうよ。リオちゃんに、見せたい場所があるんだ」


○加藤汽船ビル 線路
   貨物タンクをすり抜けるように歩くと、そこにはまるでどこまでも続いているかのような線路があった。
   思いもしなかった光景に、感嘆の声を上げるリオ。
リオ「わあ!」
トオル「ここ、いいだろ? 俺のとっておきの場所」
   得意げに自慢するトオル。
トオル「リオちゃんに、急に見せたくなってさ」
   その言葉に、リオの今まで尾を引いていた暗い気持ちが吹き飛び、パッと明るい表情になる。
リオ「ほんとに?」
トオル「もちろん!」
   リオにつられてトオルも笑顔になる。
トオル「……さっきはごめんな。俺、一人だけなんか気が高ぶっちゃってて」
リオ「え? そんな、それってぜんぜん謝ることじゃないよ」
トオル「いいや、謝ることだよ、これは」
   きっぱりと首を振るトオル。
トオル「さっきまで俺、ハルカがいなくなって悲しいのは自分だけだって、そう思ってたし」
リオ「え?」
トオル「ハルカの親友だったリオちゃんが、悲しくないわけないのにさ」
リオ「えええ!?」
トオル「――どうしたの?」
リオ「ううん、なんでもない」
リオの心中(そうか――わたしがさっきから落ち込んでたの、ハルカのことを思い出したからだと思ってるんだ)
トオル「リオちゃんの気持ちも考えずに――本当ごめん!」
リオの心中(知らなかった――この人、なんて――)
リオ「鈍感」
トオル「え?」
リオ「ううん、気にしないで。わたしは大丈夫だから、ね?」
トオル「……本当に?」
   泣きそうな目でリオを見つめるトオルに、思わずくらっとくるリオ。ちょっと甘えてみる決心をする。
リオ「キャッ」
トオル「え?」
   リオ、よろめく振りをしてトオルにしがみつく。
トオル「だ、大丈夫?」
   そういって、リオを支えるトオル。
リオ「あん……ごめんね」
   ごめんね。その言葉が、トオルのハルカとの記憶を刺激する。

●設定
ハルカはいつもすぐに感情的になるから、思いのままに相手を傷つけることを言うことがしょっちゅうあった。
それでもハルカが不思議と誰からも憎まれないのは、自分の過ちに気づいたら、すぐに謝るからだ。
いつも一番ハルカと一緒にいたトオルは、そんなハルカの言葉を、誰よりも良く聞いていた。

   ハルカとの記憶の奔流
   リオの言葉をきっかけに、リオとハルカの姿のイメージが重なり合い、戸惑うトオル。
   思わずリオに笑みを返す。
   その笑みは、ハルカにしか見せたことのない、あの笑みだった。
トオル「――あれ?」
   トオルは、急に感じた胸の疼きに戸惑う。
トオル「あれ――あれ?」
   リオにこうして触れていると、心臓がドクンと高鳴るのだ。
   ハルカとの記憶がさらにフラッシュバック。それは今まで、ハルカにしか感じたことのなかった高鳴りだった。
リオの心中(あれ、トオルくん、ドキドキしてる……?)
   ちゃっかりトオルの胸の中におさまったリオは、トオルの胸の高鳴りに気がついた。
トオルの心情(いろいろあって、ちょっと気が高ぶってるのかな、俺?)
リオの心中(ひょっとして、わたしの魅力にメロメロとか!?)
トオルとリオの心情(うーん――とりあえず、そういうことにしておこうっと)
   いつしか手を握り合いながら、線路の2本の線をそれぞれがたどるようにして歩き始める二人。
リオの心中(……けっこう今日って、いい日だったかも。トオルくんの手GETしたし)
リオの心中(ハルカのおかげかな?)
   ズキンと、恋心とは違う胸の痛みをリオは感じる。
リオの心中(……あなたが悪いのよ)
リオの心中(だってトオルくんは、こんなにもハルカのことが好きなのに)
リオの心中(あなたは夢を追って、トオルくんをおいていったんだから)
   リオは、決意を秘めた眼差しでトオルをそっと見上げた。
トオル「ん、どうした?」
トオル「えへへ、なんでもないよー」
リオの心中(――私は、いなくなったりしない)
リオの心中(ずっと、彼のそばにいてあげられる)
トオル「痛いよ」
   トオルの声で、トオルの手を強く握り締めていたことに気がついたリオ。
リオ「あ、ごめん」
   リオが手の力を緩めると、今度はトオルが、少しだけ握る力を強める。
   繋いだ手が離れないように。
   それに気がついて、リオはうれしくなった。
リオの心中(今は離さないでね)
リオの心中(わたしが線路から落ちないように、支えていてね)
リオの心中(このままいつまでも、二人で歩いていられたらいいな――)
   まだ、線路はずっと先の方まで続いている。


○東京 ハルカの部屋
   外からの太陽光が、ブラインドを通して差し込んでいる。
   簡素なインテリア。冷たいフローリング。観葉植物。
   開封されたばかりの厚手の封筒。稼動するビデオデッキ。
   小さめのテレビに映る、リオとトオルと、加藤汽船ビルの風景。
ハルカ「――ふうん」
   下着姿に近い部屋着でベッドに腰掛け、テレビに映る映像を一人眺めるハルカ。
ハルカ「この二人、いつの間にこんなに仲良くなったのかしら?」
   飲みかけのコーヒー。吸いかけのメンソール。
ビデオレターの中のトオルの声『ハルカ。俺、お前に会いたいよ』
ビデオレターの中のトオルの声『話したいことはたくさんあるんだ。聞きたいことも――ハルカの声を聞きたいんだ。お前の……!』
ビデオレターの中のトオルの声『……お前のそばに、いたいんだ』
ハルカ「あーあ、泣きじゃくっちゃって、きったない顔」
ハルカ「……トオル。やっぱりあんた、物足りない」
ハルカ「大体こんなの見て、私が喜ぶと思ってるのが信じられない!」
   明らかに怒っているハルカ。
ハルカ「バカじゃないの? バカ! アホ! この下半身男!」
   手元のクッションをテレビに向かって投げつける。
ハルカ「こんな、他の女といちゃついてるビデオ送ってくる暇があったら――!」
ハルカ「……私に、会いにきなさいよ……!」
ハルカ「……約束なんか……どうだっていいじゃない」

効果:切なげな音楽。

トオルの声「今になって、よく、この頃のことを思い出す」
トオルの声「あの頃、俺はハルカのことを、大切に思い過ぎていた」
トオルの声「ハルカはきっと、思いつきで行動しがちな自分のことをしっかり繋ぎとめていてくれるような、そんな力強さを、俺に求めていたんだろう」
トオルの声「だけど、そんなこと俺には少しもわからなくて――ただ、ハルカの意思を大事にしてやりたくて――ハルカが何をしてる時でも、俺はいつでも見守っているってことだけ、伝えてやりたくて――」
トオルの声「――そう。結局そうやって、俺はあいつのことを傷つけていたんだ……」
   そのまま流れるようにエンディング。
   テロップとシーンの切り取りと風景。
   長めの間。
   切なげな音楽終了。
   無音。
トオルの声「――今になって、よく、この頃のことを思い出す」
トオルの声「だったら俺にとって、これは永遠の記憶なんだろう」
トオルの声「思い出の場所、弁天町」
   波の音。カモメの鳴き声注入。
トオルの声「埠頭。海。廃墟。きっともう、忘れられない記憶――」
   線路の風景。

   終わり

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Posted by 千歳 at 2005年01月23日 15:52 EDIT
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HEART 第三話 高峯学園の新学期 ―the light music band― 2002/07/18
HEART 第四話 沙美、登場 ―OLD PHOTOGRAPHS― 2002/09/18
HEART 第五話 生徒会の挑戦 ―Let's play the greatest live― 2002/10/18
HEART 第六話 前哨戦 2002/11/18
HEART 第七話 INTERLUDE ―間奏曲 each other October― 2002/12/18

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