海豚をひと目見てみたい! 天然男「一遇千歳(いちぐうちとせ)」の奮闘。
私の名前は一隅千歳。周囲からは天然と言われている。たぶん私がグルメで、養殖ものを嫌うからだと思う。
「一隅さん、聞いてくださいよ」
ある日、物知りで有名な各務君が、私にそう言って話しかけてきた。
「知ってました? 海に生息する豚がいるんですよ。ウミブタって言うんですけどね」
「…………」
海の豚だから、ウミブタか。
「……おいおい」
私は笑いつつ、身を乗り出して言った。
「すげえな!」
「でしょう!?」
その日は用事もあったので、それ以上深く話を聞くこともなかったが、それ以来、海の豚についての私の想像は、どんどん逞しくなっていった。
ああ、ウミブタとは一体どんな姿かたちの豚なのだろう。四肢に足ひれでもついていたりするのだろうか? エサは小魚? 鳴き声はブー?
もともと極めて好奇心旺盛な私である。こうなるともう、誰にも止められやしない。ていうか自分でも止められない。ウミブタをひと目見たくてたまらなくなった私は、次の日、会社をずる休みして近くの養豚場に向かった。そこになら海の豚がいるかもしれないと思ったのである。
当たり前だが、養豚場は豚でいっぱいだった。
ブーブーブー。
たくさんの豚たちのブーブーという鳴き声を聞いていると、なんだか悪役プロレスラーにでもなった気がして嬉しくなってしまう。
また来よう。そんなことを考えながら歩いていると、豚の集団の中におっさんがいるのを発見した。麦わら帽子を被り、手に鋤を持った、とても感じのよさそうな外国人のおっさんだ。外国人のおっさんは恰幅が良くて、豚を見る目がとても優しくて、まるで子供たちを見るお父さんのようだった。
「ブーブー」
「おー、よしよし」
外国人のお父さんは、擦り寄ってきた一匹の子豚の頭を優しく撫でてやっている。
「いっぱいエサ食って、美味しくなれよー」
「ブーブー」
……どうやらあれはお父さんではなく、経営者の眼差しだったようだ。
「あのー、ちょっといいですか?」
私は外国人経営者に話しかけた。
経営者は俺を見つけるとこちらに向かって歩いてきた。私は早速彼に聞いてみることにした。
「こんにちはー。ここにウミブタっていませんか? 海に住む豚らしいんですけど……」
「ファッキンジャップ!!」
経営者は鬼の形相で叫んだ。
「ゲッダウッ! この豚のエサ野郎がぁぁぁ!」
このままここにいるとおっさんに鋤で刺し殺されそうな気がしたので、私は速やかに養豚場から退去した。ひょっとして「進入禁止!」と書かれていた柵を勝手に飛び越えてきたのがまずかったのだろうか。
養豚場でウミブタに関する手がかりが得られなかったのはかなり痛かったが、私はあまり長くは落ち込むことはなかった。というのは、私がしていた重大な勘違いに気づいたからだ。あまりの勘違いっぷりに、思わず私は笑ってしまった。いったい私はなにを思ってそんな勘違いをしていたのだろう。
そう。ウミブタが養豚場にいるわけはないのだ。ウミブタは海に住み、海を泳いでいるはずである。つまり私が行かなければならなかったのは鬼の棲む養豚場ではなく、海なのだ!
そんなわけで私は海に向かった。
季節はずれの海水浴場では、なぜかたくさんのお相撲さんが泳いでいた。おそらく稽古の一環なのだろう。私はお相撲さんの一人を捕まえて聞いてみた。
「あのー、この辺で海を泳ぐブタを見かけませんでしたか?」
ザパーン。
鬼の顔をしたお相撲さんに、私が海に放り込まれた音である。
ブヒーッとお相撲さんの鼻息が荒い。そんなつもりは全くなかったのだが、どうやらお相撲さんに大変な勘違いをされてしまったらしい。私は命からがら海水浴場を逃げ出す羽目になった。
びしょぬれになりアパートに帰った私は、失意のどん底にいた。
会社をずる休みまでして探しまわったのに結局ウミブタは見つからず、二度も命の危険を感じ、おまけに海に放り込まれたときにしこたま海水を飲んでしまったせいで腹が痛い。そりゃ誰だって落ち込むだろう。
もういいや。ウミブタのことは金輪際忘れよう。おそらくウミブタは日本には生息していないのだろう。
そうやって落ち込んでいたときに、彼女のミサがやってきた。
「遊びに来たよー!」
勝手知ったる彼氏の家。合鍵で玄関の鍵を開けて部屋に入ってきたミサは、手になにやらパンフレットらしきものを持っていた。
「ねえねえ、今日会社ずる休みして暇なんでしょ? だったらこれから水族館行かない?」
「行かない」
そんな気分じゃない。私はとりつくしまもない感じで断った。
「えー、なんで? せっかく水族館のパンフレット持ってきたのにー!」
ミサの元気な様子が今日に限って鼻につく。水族館のパンフレットなんて誰が見てやるものか。彼女が差し出すパンフレットを無視し、私はそっぽをむいた。いらつきゲージが急激に高まっていくのを感じる。
「ねえ行こうよ。ショーとかもあるんだよ?」
「ショーなんて興味ないね」
誰が行くか。
こうなってしまうと、何と言われても私が頑として譲らないことはミサも知っている。彼女はため息をつきつつ座り込んだ。
「……もう、じゃあいいよ。あ、さっきアイスクリーム買ってきたんだけと食べる?」
ギュルギュル……
アイスクリームは大好きだが、この音は決してお腹がすいた音ではない。海水の飲みすぎで壊したお腹の音である。
そのとき私のイライラは頂点に達した。行き場のない怒りをぶつけるように、私は大声でアイスクリームを拒否した。
「いるか!」

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