ジャングルを夢見る天然男「一遇千歳(いちぐうちとせ)」の憂鬱。
私の名前は一隅千歳。周囲からは天然と言われている。たぶん私が天然パーマだからだと思う。
四国の片田舎に生まれ育った私が、単身東京に住み始めて三年目になる。
土地に馴染むには、三年というのは十分な年月なのかもしれない。実際東京の、電車と徒歩が基本という移動手段にもすっかり慣れたし、人の多さもさほど気にならなくなった。おしゃれで素敵な女性が多いのはむしろ大歓迎だし、男性については――まあどうでもいいや。しかし私は、この東京での生活に、一点において未だに慣れることができないでいる。いや、この点においては、この先ずっと慣れることなどないようにさえ思え、とても悲観的な気持ちにさせられるのだ。
というのはこの、高層ビルが立ち並ぶ職場環境である。実際高層ビル群にはいい加減辟易している。寒い時期はビル風が吹き抜けて体を芯まで凍えさすし、夏の日差しの強烈な照り返しは南国育ちの私にも耐え難いほどだ。じゃあ本来過ごしやすいはずの春はどうなのかというと、おなじみのビル風によって降り注がれる花粉と排気ガスとのブレンドにやられ、鼻水ズルズル、涙ポロポロ、目もろくに開けられない状況であり、むしろ季節の中で春が一番たちが悪いくらいだ。腫上がった目に、口にはマスクをして、ハアハアと口で息をしながら歩いていると、前を歩く婦女子がどんどん早足になって、しまいには駆け足で逃げていってしまう。心外の極みであり、こうして私はメンタル面にも深いダメージを負う事になる。これでは婦女子の背後にそっと忍び寄り、後姿を眺めながら出勤するという私の数少ない楽しみが台無しではないか。まったく、私が負った精神的ダメージは計り知れない。
そんな日々を送っていると、やはり自然が恋しくなる。自然欠乏症である。それも、心が激しく自然を求めているから、そんじょそこらの自然では飽き足らなくなってくる。そう、文明なんか欠片もなくていい。完全無欠な自然――たとえばジャングルのような――それくらいの自然でなければもはや私のすさんだ心は癒されない。
ジャングルいいなあ。仕事中にジャングルのことを思い、制作中の資料に思わず『ジャングル』などと書き込んでいると、不意に頭に浮かんできた歌があった。私が生まれ故郷で高校生をしていた頃に微妙に流行った歌である。不意に頭に浮かんできたそのわけは、その歌の歌詞の一部に『コンクリートジャングルに~♪』というくだりがあったからだろう。しかしである。私は思った。
「コンクリートジャングルってなに?」
ジャングルは私が恋焦がれている自然の象徴であり、コンクリートとはむしろ全く逆のものだ。そんな二つの単語が、どうして『コンクリートジャングル』などと一つの言葉に掛け合わされているのだろうか?
疑問は速やかに解消するのが私の身上である。ちょうど私には、聞けばなんでも教えてくれる知人がいる。彼の広範に及ぶ豊富な知識には、私はいつも助けられている。以前も彼は「動物園にいるのはラスカルじゃなくてアライグマですよ」と、私の微妙な間違いを正してくれた。そんな豊富な知識を持つ彼に、私は早速コンクリートジャングルについての疑問をぶつけてみた。
「ええ、一隅さんそんなことも知らないんですか? しかたないなあ」
そして彼は、少しもったいぶりながらも、コンクリートジャングルについて教えてくれた。その内容は以下のとおり。
・『コンクリートの木』という植物がある。
・コンクリートジャングルとは、コンクリートの木が集まってできたジャングルのことである。
・ちなみにコンクリートの木からは『コンクリートの実』が採れ、コンクリートの原料になる。
ダンッ!
以上を黙って聞いていた私は、こぶしを机に叩きつけつつ彼に言ってやった。
「ありがとうございます!」
なるほどそうだったのか。彼には、本当いつも助けてもらっている。
そういえば今、発展途上国によるジャングルの木材伐採が大きな問題になっているが、あれもコンクリートの木が目当てなのかもしれない。木材伐採により得られる収益は、債務の履行の為には必要なものだろうが、地球的規模で見ると、それは重大な環境破壊であり、世界中のジャングルが、こうしている間にも次々と失われているのだ。そして、日本もその責任からは逃れられないだろう。熱帯性木材の世界最大の輸入国は日本である。
そう考えるといたたまれない気持ちになってきた私は、このままではダメだと強く思うようになった。そうだ。今度自然環境保全団体に少額でも寄付をさせていただこう。私のお金が、コンクリートジャングルの保護に少しでも役立てられればよいと思う。
そんなことを考えながら、私は相変わらず高層ビルの一角で仕事をしている。目のかゆみと鼻水に悩まされながらの仕事はまったくはかどらず、制作中の資料には上の空で書いたたくさんの『ジャングル』の文字が並んでいる。実際に窓の外に立ち並んでいるのは無数の高層ビルである。そんな天を衝く無機質なビル群を一望しつつ、私はため息まじりにつぶやいた。
「いつか、俺も行ってみたいな――」
そんなふうにして今日も、まだ見ぬ憧れのコンクリートジャングルに思いを馳せるのだ。

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