調味料『鷹の爪』を、空を飛ぶ鷹の爪と間違えた天然男「一隅千歳(いちぐうちとせ)」のドタバタ料理。
私の名前は一隅千歳。周囲からは天然と言われている。なぜそう言われるのかは、実はよくわからない。
一年ほど前に四国の片田舎から単身上京し、今は都会の片隅で男やもめな生活を送っている。
親元で暮らしていた頃は炊事洗濯すべて親がやってくれていたし、概ね不自由を感じることのない生活だった。それが一人暮らしとなるとなんでも自分でやらなければならないから大変である。
特にこのところ問題に感じているのは食事だ。料理が苦手なわけではないのだが、一人暮らしを長くやっていると、好きな料理ばかり作ってしまう。食べるものが単調になってよくない。
よし、本格的に料理を覚えよう。意識して、料理のレパートリを広げていかなければ。
そう思って二日前、近所の古本屋で『日替わり献立本』なるものを購入した。文字通り、献立を日替わりで紹介してくれる、便利な本である。
もともと料理のセンスは良いほうだと思う。一昨日、昨日と、献立のレシピどおりに作った料理は、我ながら改心の作だった。私の細かい性格が、おそらくもともと料理に向いているのだろう。
今日で三日目。料理を作るのは楽しく、三日坊主の気配はまるでない。今日はどんな献立だろう? 私はすこし胸を高鳴らせながら『日替わり献立本』を開いた。どんな料理でもドンとこい。今日も完璧に、レシピどおり作り上げてやる!
……ふむふむ……ん?
レシピを読み進めていく中、私の視線はある材料に釘付けになった。そこには『たかのつめ』と書かれてあった。
『鷹の爪』か……
これは明らかに、私への挑戦に違いない。
そう、『鷹の爪』とは、言うまでもなくあの、空を飛ぶ鋭い嘴を持った、あいつの爪のことだろう。
そんなものが、ウチにあるわけがないのである。
しかし、ウチにないからといって代用品で間に合わそうなんて中途半端なことを、私はしない。男たるもの中途半端はいけない。そんな信念を私は持っている。
レシピに『鷹の爪』と書かれているのなら、真実『鷹の爪』を使うのでないと、私は納得できないのだ。
というわけで、早速私は近所のスーパーに足を運んだ。
どんなものでも置いてあるような気がしないでもない、近所で一番大きなスーパーである。
こういう大きなスーパーが遅くまで開いてくれているのは、私のような一人暮らしのしがないサラリーマンにとってもありがたい。
しかし『鷹の爪』を探すも、お肉コーナーのどこを探しても置いていなかった。
くそう。この店は、『鷹の爪』も置いてないのか。
憤然とするが、仕方がないのかもしれないと思い直す。
なんといっても、ことわざにもあるではないか。『ノウある鷹は爪を隠す』と。
脳みそのない鷹なんているはずもないから、つまり鷹はみんな爪を隠しているのだ。ことわざは、そのことを我々に教えてくれる、ありがたい先人の知恵である。
鷹がこぞって爪を隠してしまっていては、スーパーにとっても、『鷹の爪』をお肉コーナーに並べるのは簡単な事ではないだろう。スーパーを一方的に責める事はできない。
とぼとぼと家路に着きながら、私は悩んだ。『鷹の爪』を入手する方法を、他に思いつかないでいるのだ。
中途半端なことが嫌いな私にとって、代用品を使用するのは本意ではないが、『鷹の爪』の代わりに、近所に住む『タカさんの爪』ではダメだろうか?
「爪分けてください」
突然そんなことを言われたら、タカさん36歳(独身)はそれは驚くだろうが、私だっていやだ。何が悲しくてタカさんの爪など料理に入れなければならないのか。
けれどどうしても『鷹の爪』が手に入らない以上、もう仕方がない。ピンポーン。私はタカさんちの玄関のインターフォンを押した。
いない。どうやら留守のようだ。まさかタカさんまでもが爪を隠しているとでもいうのか。まったく、先人の知恵は計り知れない。
万策尽き果て家路についた私は、そこで大いに落ち込んだ。そして途方にくれながら未練がましくレシピを眺めていたとき、あることに気がついた。
どうやら、『たかのつめ』の代わりに、『とうがらし』でも良いらしいのである。
鷹の爪の代わりが唐辛子?
理解できない代用の仕方だが、当のレシピにそう書かれているのであるであれば、まあ代用可能なのだろう。
唐辛子ならうちにも置いてある。そう思って台所をあさっていると、奥から唐辛子がたくさん入った袋が出てきた。
そういえばこの唐辛子は、どことなく鷹の爪っぽい形をしているような気がする。
袋をまじまじと眺めると、大きな字で、『たかのつめ』と書いてあった。
……なるほど。袋にまで書かれているくらいである。確かに唐辛子は、『鷹の爪』の代用品として使われているらしい。
あるいは鷹の主食は唐辛子で、鷹の爪は唐辛子に似た味がするものなのかも知れない。そう言えばタカさん36歳(独身)も、辛いものに目がないというようなことを言っていた気がする。なるほど、そういうことなのだ。
これで何とか『鷹の爪』に代わるものは手に入った。後はレシピの通り料理をするだけなのだが、その前に、私は以前から試してみたいと思っていたことを、この『鷹の爪』の代用品で試してみることにした。
つまり、煎じて飲むのである。
煎じて飲むのは爪ではなく、爪の垢だったと気づいた時には後の祭り。
舌を襲うあまりの刺激に、私はクエーッと、野生じみた叫び声をあげた。
……なるほど。唐辛子が『鷹の爪』の代わりになるのではないのだ。唐辛子を飲んだ私が鷹になるのだ。
やっと真実に気がついた私は、爪切りを手に取った。
もちろん、自分の爪を切るためである。
これで『鷹の爪』は手に入った。できた料理はまずかった。

コメントしてください

Trackback Information

Contents Menu
