心優しい毒蛇ヘビーは、とある森に住んでいます。 クマさえもひと咬みで殺してしまえる猛毒を持つヘビーを、森の動物たちは敬遠していました。 だけど、そんなヘビーに仲良くしてくれる動物もいました。 タヌキのポン吉は、ヘビーの幼なじみ。 ちっちゃなころから、いっしょに果物を採ったり、ネズミ狩りをしたり、二匹はとても仲良しでした。 ある日のことです。 ヘビーは、ポン吉の前肢をカプリと咬んでし...
心優しい毒蛇ヘビーは、とある森に住んでいます。
クマさえもひと咬みで殺してしまえる猛毒を持つヘビーを、森の動物たちは敬遠していました。
だけど、そんなヘビーに仲良くしてくれる動物もいました。
タヌキのポン吉は、ヘビーの幼なじみ。
ちっちゃなころから、いっしょに果物を採ったり、ネズミ狩りをしたり、二匹はとても仲良しでした。
ある日のことです。
ヘビーは、ポン吉の前肢をカプリと咬んでしまいました。
ポン吉と夢中になってネズミを追い込んでいたときに、ネズミと前肢を間違えてしまったのです。
「あ、ごめん!」
慌てて前肢から牙を抜いて、謝ります。
返事はありません。
ポン吉は、すでに死んでしまっていました。
「父ちゃんを返せ!」
ポン吉のお墓の前で泣いていたヘビーに、ちっちゃなタヌキが叫びます。
ポン吉の息子のポン太です。
「ごめんポン太、ぼく……」
泣きながら、ヘビーはシャーと口を開きます。
「ワアァ!」
その静かな泣き声があまりに恐ろしかったのでしょう。
ポン太は、転がるように逃げていきました。
ヘビーは自分自身を呪いました。
こんな毒なんて、いらなかった。
ぼくがせめて、毒のないただの蛇だったら、いまでもポン吉といっしょに、ネズミを狩れてたはずなのに。
カプリ。
思いつめたヘビーは、ついに自分で自分を咬んでしまいました。
意識が戻って、ヘビーは、自分が死んでいないことに気づきました。
毒に耐性があったため、死ぬことができなかったのです。
シャーと、ヘビーはまた泣きました。
神様! どうしてぼくに、毒を与えたんですか? どうしてぼくには手足がないんですか?
にょろにょろと長い体に固いうろこはみんなから気持ち悪がられるし、目から流れる涙は雨のように冷たい。
こんなふうに、ぼくは生まれたくなかった。こんななら、生まれてこなければよかった!
「せめて……せめてぼくから、この冷たい涙を取ってください。もう悲しい思いを抱えるのはイヤなのです」
その悲痛な訴えを、神様は聞いていました。
「かわいそうに」
静かにヘビーに語りかけます。
「よし。そなたの願いを聞き入れ、もう二度と、涙を流すことなどないようにしてやろう」
と、気がつけば、ヘビーの目から、涙が消えていました。
神様が願いを叶えてくださったのです。
「あれ。ぼく、なんで泣いてたんだっけ?」
口を閉じ、二股に分かれた舌をチロチロと出しながら、不思議がります。
さっきまでの、この世界から消えてなくなりたいという絶望的な気持ちも、すっかりなくなっていました。
それからというもの、ヘビーは、二度と悲しい思いを抱かなくなりました。
当然目から涙がこぼれることもありません。
悲しみから解き放たれた日々のはじまりです。
数日後、カエルを呑みこみながら、ヘビーは気づきました。
「こんなに大きなカエルを捕まえたのに、昔みたいにうれしくないな」
喜びもワクワクもなく、心にあるのは静かな満足感だけ。
――そう。
神様は、ヘビーから悲しみといっしょに、喜びの感情も奪っていったのです。
涙は悲しみと喜びから生まれるもの。涙を取り除いた、それが代償でした。
だけど、ヘビーはそれを悲しくは思いませんでした。
悲しみを感じる心は、もうなくなっていましたから。
手足のない長い体に、固いうろこ。二股に分かれた舌に、鋭利なまなざし。
森のどんな大きな動物も恐れる、猛毒の牙。
そんな自分にお似合いの、冷たい心を、ぼくは手に入れたんだ。
満足な日々の中で、それでもたまに、ポン吉を思いだすことがあります。
「なんで、こんな記憶を、ぼくはいつまでも心に残してるんだろう」
ヘビーにとっても不思議でしたが、それでもなぜか、ポン吉といっしょにネズミを捕った記憶を、消し去る気にはなれません。
無機質な心の片隅に、大事にしまい続けました。
星降る夜、木の穴にもぐり眠りにつきながら、今夜もまたなぜか、あの夢を見ます。
捕まえた二匹のネズミ。
ポン吉と笑いあいながら、なぜかすこし泣いているぼく。
実際には、二度と流せない涙を、
もう二度と目にできない、ポン吉の笑顔を、
こうやって見ることのできる夢の中だけが、毒蛇ヘビーに残された、安らぎの場所――
いまとなっては、この世界にたったひとつだけの、大切な、心の置き場所なのです。

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