1 今夜の下北沢でのライブは、アクシデントもありはしたけど、結果的には最高に盛り上がったライブだった。 ライブが終わって、ライブハウスに残っていたお客さんたちに挨拶をしていると、「よかったよ」とか「最高でした」とかかなりの好感触。 自主制作したCDも、なんだかんだで今日だけで20枚も売れた。 『noise』――CDのジャケットに印刷されたその文字を、感慨深く眺める。nois...
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今夜の下北沢でのライブは、アクシデントもありはしたけど、結果的には最高に盛り上がったライブだった。
ライブが終わって、ライブハウスに残っていたお客さんたちに挨拶をしていると、「よかったよ」とか「最高でした」とかかなりの好感触。
自主制作したCDも、なんだかんだで今日だけで20枚も売れた。
『noise』――CDのジャケットに印刷されたその文字を、感慨深く眺める。noiseというのが、俺たちのバンドの名前だ。初ライブから4ヶ月でようやく発売にこぎつけたCDは、今のところよく活躍してくれているようだ。
「あ、遠山先輩おつかれさまでした!」
後輩の佐藤栞(サトウシオリ)が、そう言って笑顔で出迎えてくれる。
「今日も見に来てくれたのか」
俺はちょっと嬉しくなりながら栞のキラキラした眼差しを受け止めた。
栞は俺が通っている大学の後輩だ。ライブに興味があると言っていたので、この前誘ってみたら、すっかり俺たちのバンドを気に入ってくれて、前回今回と、二回連続で来てくれていた。
「もちろんです! 遠山先輩のベース弾いてる姿、かっこよかったですよ♪ あ、ここではオキさんって呼んだほうがいいんでしたっけ?」
俺の名前は遠山央樹(トウヤマオウキ)。大学では「遠山」と、苗字でそのまま呼ばれることが多かったが、バンド内では「オキ」と呼ばれている。
「んー、別にどっちでもいいぜ」
「じゃあオキさんで♪ あ、乾杯です!」
栞は楽しそうに俺のことをそう呼びながら、手に持っていたカクテルらしき飲み物を軽く持ち上げた。
「ああ、乾杯」
俺もそれに応える。
「あたし今日もすごく感動しちゃいました! あ、ハルトさんだ――ハルトさんおつかれさまです!」
栞のよく通る声で呼ばれて、ハルトが俺たちの方にやってきた。ハルトはバンドのリードギターを担当している。本名は結城晴人(ユウキハルト)というんだが、みんな下の名前で「ハルト」と呼んでいた。
ハルトは栞を見て、すぐに誰か思い出したようだった。
「ええと、きみは確かオキの後輩の、栞ちゃん、だよね?」
「はい! わあ、覚えててくれたんだ! うれしい!」
栞はとても人懐っこい女の子で、特に自分が気に入った相手に対しては最初からテンションが高い。
俺の勘では、栞はハルトにかなり興味を持ってるくさかった。シンも「シオリちゃんは、絶対ハルトに気があるね」と、前回のライブの時に言っていたから、間違いないと思う。
なんとなく可愛い後輩をハルトに奪われた感じがして、あまり面白くない心境ではあった。が、ハルトは最近女に振られたばかりで、いまだに失恋のショックから立ち直れていないという状況だった。ま、ハルトが元気になるのなら、栞のことはこの際大目に見てやってもいい。
しかしハルトには今のところあまりそんな気はないらしい。栞の積極的な各種攻撃に多少たじたじの様子だったハルトは、俺に助けを求めるように話を振ってくる。
「なあ、さっき栞ちゃんとも話してたんだけど、今日の打ち上げはどうするのかな?」
「ああ、そうだな。確か外の通りに居酒屋あっただろ? そこでいいんじゃないか。――何人くらいになりそうだ?」
「今日は結構たくさん友達とか来てくれてるみたいだし、だいたい20人くらいじゃないかな?」
「オーケー。じゃあ俺今から行って、席空いてるかきいてくるわ」
「え、あ――いってらっしゃい」
結局俺に助けを求めそこなったハルトは、そのまま当面は栞の攻撃を受け続けることになるのだろう。
別にハルトを助けてやってもよかったんだけど、ここはやっぱり可愛い後輩の味方をしてやらないとな。去り際にこっそり栞と視線を合わせる。栞が愛嬌たっぷりに、俺にウインクして見せた。
あれくらい明るくて積極的な子がハルトには合ってるかもしれないと、改めて考える。
ハルトは優しいヤツだが、奥手過ぎて幸せを逃すタイプの男だからな。栞くらいの子が、あいつにはたぶんちょうどいい。
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その後、俺は目当ての居酒屋で首尾よく座席を確保し、打ち上げ参加希望者を店まで誘導した。
8人用の大きなテーブルを3つ使って、各自思い思いのテーブルに座ってもらう。
大体揃ったところで乾杯する。乾杯の音頭はシンにやらせることにした。シンはうちのバンドのヴォーカル兼サイドギターだ。女みたいな顔と甘い歌声で、ライブのたびに新たな女性ファンを獲得してくれるうちの広告塔でもある。ちょっと、いやかなり女癖が悪いのが欠点だが、これまで女がらみで大きなトラブルが発生していないところを見ると、あいつはあいつなりにきっとうまく立ち回ってるんだろう。
ちなみに本名を橘真太郎(タチバナシンタロウ)というんだけど、大体のやつは「シン」と呼ぶ。真太郎なんて名前、ちょっと長すぎていちいち呼ぶ気になれないよな。
「ええと、今日はみんな、noiseのライブを見に来てくれてありがとう。今日のライブはちょっとハプニングもあったけど――」
俺に乾杯を促されたシンが、おとなしくビールグラスを持って口上を始める。
シン、おまえここんとこ打ち上げの参加をサボってばかりだったからな。今日は働いてもらうぞ。覚悟しやがれ。
『というわけで、乾杯!』
唱和して打ち上げが始まった。特になにかのイベントを用意しているわけじゃないから、あとは適当に飲んでもらって話してもらって、それでいい時間になったら解散だ。
俺のゲストは今日は栞しかいないが、栞は当然のようにハルトの隣の席を確保して、さっきから半ばハルトを独占している状態だ。
なんだ、もう俺の出番は必要なさそうだな。そんなわけで、これでようやく今日のライブがひと段落ついた気分になった俺は、ロックの焼酎片手にひとりくつろいでいた。
そんなときに、隣に座っていたアヤが前触れもなくきいてきたんだ。
「ねえ、オキ。あのヒト知ってる? あの、シンくんの隣に座っているヒト」
アヤがそう言って、シンの座っているテーブルのほうをこっそり指差した。
おいおい、また新しい女に手を出してるのか? しかもアヤが見てる前で。
アヤはシンの恋人だ。――本当は恋人という言葉で片付けるには色々複雑な事情があるんだけど、まあそんなようなもんだ。
そんなアヤの目の前で別の女の子にちょっかい出してるんだとしたら、また後で血を見ることになりかねない。シンの横に座っている女性に、慌てて目を向ける。ああ、なんだ。
「ああ、優里さんか。シンの姉さんだよ」
確かシンの3つ上だから、今24歳のはずだ。髪が長いストレートで、大人っぽい。少し下がった目じりがシンに良く似ていた。
「……ふうん、お姉さんか」
さっきのライブで、優里さんは突然ライブハウスに現れた。ちょうど最後の曲の演奏を開始したところだった。
優里さんがくることを、シンも全く予測してなかったんだろう。優里さんがライブハウスに入ってきたことに気づいたシンは、歌を歌うタイミングで歌詞ではなく優里さんの名前を思いっきり叫びやがった。まったく、あの時はさすがに驚いたな。
取り繕いようもなく、演奏は一時中断。ライブハウスの時が一時止まってしまった。
けど、それがなぜか良いほうに働いて、お客さんたちの励ましを受けながら、最後には最高の演奏が出来たんだけどな。
優里さんは快活そうな笑顔でなにかを喋っている。が、俺と、隣に座っているアヤまでは彼女の声は届かない。
対照的にシンはとても居心地悪そうにしていた。いつもなら人一倍騒ぐか、さっき俺が恐れたように目新しい女の子にちょっかい出してアヤに睨まれたりしているのに、今日はまるで借りてきた猫みたいにじっとして動かない。
優里さんが冗談らしきことを言ってみんなを笑わせてるのに対して、そのたびにシンは真っ赤になったり、困った顔でなにか言い返したりしている。
「まるで別人だな」
俺は呆れた気持ちになりながら、思ったことをそのまま声に出した。
「だよねー! なんか調子狂っちゃう」
そのとき、シンが優里さんをチラリと見た。俺は衝撃を隠しきれずうつむいた。
シンの優里さんを見る目は、姉を見る眼差しとしてはあまりにも熱を持ちすぎていた。
優里さんに対するシンの気持ちを、俺は知っていた。ずっと前に、シンに打ち明けられていたからな。
シンは、優里さんのことを姉としてではなく、ひとりの女性として見ていた。
もちろん優里さんに、シンはそのことを伝えていない。伝えていたとしたら、こんな風になんでもない顔をしてふたり隣り合ってはいられないだろう。
げ、そうだ!
そのことに気づいて、俺はアヤを見た。
やっぱり……アヤは俺の隣で、青ざめた顔でシンを凝視している。
今のシンの顔に、さっき優里を見つめたときに垣間見せたあの情熱的な様子は微塵も見られなかった。
けれど、それでもあの一瞬で、アヤには十分だったんだろう。
「アヤ、どうしたんだ」
俺は白々しくそう声をかける。
「――あ、うん。なんでもない」
そうは答えてきたものの、アヤは相変わらずシンを見るのをやめようとはしなかった。
シンの優里さんへの気持ちを、アヤはたぶん今、確信しているだろう。
再度アヤに話しかけようかどうか考えて、結局それはやめておくことにする。 目の前の焼酎をくいっと飲み干した。
打ち上げが終わるまで、アヤはほとんどずっと、シンを見ることをやめなかった。
3
「ようオキ、久しぶり」
打ち上げが終わり、ひとりになって、さあこれからどうしよう、ひとりでどっかに飲みに行くかな、なんて考えていたら洋輔にばったり出くわした。
「よう」
俺も洋輔と同じように、片手を軽く上げて応える。
「ひとりか?」
洋輔がそうきいてくるのにうなずいた。
「そっちとは違ってな。俺は孤独なんだよ」
今の洋輔の様子を、そんなふうに揶揄してやる。
洋輔は女と抱き合う形で俺と向かい合っていた。まったく、リリという彼女がいるくせに、こいつといい、シンといい、どいつもこいつも救いようがない。
「そんなんじゃねえよ――そうだ、せっかくだからこれから一杯付き合えよ」
「いや、それはお邪魔になりそうだからやめておくよ」
「そんなの別に気にすることねえよ」
洋輔は自分の首にしがみついていた女を引き剥がすと言った。
「こいつとは今別れるところだったんだ」
その言いようをきいて、女が反論する。
「なに言ってんの洋輔くん? 今日はずっと一緒にいてくれるって、さっき言ったばかりなのに!」
「悪い悪い、こいつ、俺の親友なんだ。また今度埋め合わせするからさ」
洋輔はすまなそうに女に謝りながら、じっと女の目を見つめた。
「な、今日はこいつとふたりで飲みたいんだ。わかってくれよ」
「――もう。またそんな目で見る。もう騙されないんだから」
「騙してなんかねえよ」
ささやくような甘い声で洋輔は言った。女の全身の力が抜けたように俺には見えた。
「また明日連絡するから、な?」
「……ぜったいだからね?」
女はそれ以上抗議することなく、軽いキスを交わしてひとり駅のほうに去っていった。去り際に、俺に挑戦的に微笑みかけてから。
「まいったよ」
洋輔は遠ざかっていく女の後姿を指差して言った。
「昔付き合ってた女なんだけどな。いまだに俺に未練があるらしい」
「……おまえ、そのうち刺されるぞ」
俺がそう言うと、洋輔は軽く鼻を鳴らす。長い髪をかきあげ、流し目気味に俺を見た。
「フン。そんなヘマはしねえよ。――なあ、久しぶりにあの店に行こうぜ。男ふたりで飲むにはなかなかいい店だろ?」
洋輔と連れ立って、俺は昔行きつけだったバーに入った。洋輔とバンドを組んでいた頃によく来ていた店だ。
カウンターのいつもの位置に座る。
「乾杯。俺たちに」
洋輔はそう言うとビールを掲げた。ビールグラスを合わせ、ひとしきり話した後俺は何気なくきいた。
「リリは元気か?」
「ああ、元気だよ。今日はメールしかしてないけど」
「いったん別れたおまえたちが、また付き合い始めるとは思わなかったよ」
「俺も思ってなかった」
洋輔は素直に認めた。
「けどな、男と女ってのはそういうもんだろ? 何がきっかけでどうなるかなんてわからない。付き合うときも、別れるときも」
洋輔にはリリという彼女がいる。一度別れたふたりは、今またよりを戻していた。
俺と洋輔とハルトは、昔3人で『BREATH』というバンドを組んでいた。その当時、洋輔とリリは恋人同士だった。
その後BREATHが解散し、ほぼ同時に洋輔とリリが別れた。
BREATH解散からしばらくして、俺とハルトは洋輔抜きで新しく今のバンド、noiseを結成した。
リリはnoiseの初ライブから見に来てくれた。そしてその後は、ライブだけでなく、ハルトにくっついてバンドの練習にもよく顔を出していた。
ハルトとリリはいずれ付き合うようになると、俺は当時思っていた。
ハルトは誰が見てもわかるくらいリリにぞっこんだったし、リリ自身、ハルトのことを必要としていたはずだった。
それが、気がつけばリリは洋輔とまた付き合うようになっていたのだ。
以来、俺たちのバンドの練習やライブには、リリは一度も顔を出していない。
「おまえらがあいつのことをどう思ってんのか知らねえが、リリはいい女だよ。ただ、弱い女なんだ。誰かが支えてやらないといけない。だが支える価値がある。そんな女だ」
洋輔のその言葉に、意外なくらいリリへの優しさを感じて、思い出す。
「そういえば、昔からおまえのまわりには、そんな女ばっかり集まってきたな」
「女は嗅覚で、男を見分けるのさ」
当たり前のことを言うような口調で答えてくる。
「さっきの女もそうだ。まわりの男がだらしねえから、いつまでたっても何かあったら俺を頼ってくる。こんな俺を――」
言いながら洋輔は自分の左手を眺めた。
「――いつまでも頼ってくる。俺がいないと生きてられないみたいな顔して」
俺はそれには答えず、かわりにビールを口にした。
「ハルトは元気か?」
俺がリリのことをきいたように、洋輔はハルトのことをそうきいてきた。
「リリのこと気にしてるのか? ――もしかして、悪いと思ってんのか、ハルトに?」
「まさか。俺がリリと別れていた数ヶ月の間に、リリを自分のものにできなかったのは、あいつがとろかったからだ。俺が悪いと思う理由がねえよ」
ハルトは優しいやつなんだ。そう言おうとして、俺は口をつぐむ。そんなことを言っても意味がないと思った。
この店に来る前からすでにそれなりに酔っ払っていた洋輔は饒舌だった。
「あいつは根っからの根性なしだよ。臆病すぎて危ない橋は渡れねえのさ。そんなんじゃ、自分の好きな女のことも守れねえよ。見ろよ! リリだって、俺みたいなろくでなしにまた奪われちまった! くだらねえ野郎だ」
思わず俺は言った。
「……あいつは、優しいやつなんだ」
ビールを飲み干すために洋輔は顔を上げた。泡が口の端を伝って、仕立ての良い白いシャツに落ちる。それを拭こうともせず、空いたグラスを乱暴にテーブルに置いた。
「知ってるよ。けどな、ただ優しいだけじゃ、女ひとり幸せにしてやれねえんだ」
それが真実だ。そう言うと、洋輔は黙り込んだ。
結局、俺と洋輔は始発の時間までバーで飲み明かした。その間に洋輔は幾度となくハルトのことを俺にきいてきた。
そのたびに俺は丁寧に答えてやった。うん、今もあの店でバイトしてるよ。少し前に軽の中古車買ったんだ。ギターはまたうまくなった。最近はドラムの練習も少ししてるな。今日はハルトの作った曲をライブの最後に持ってきたんだ。最高に盛り上がったよ――。
だろう。あいつの作る曲は悪くない。まあたいていはな。洋輔はとても嬉しそうに、ろれつの怪しくなった口調で言う。
めんどくさいヤツらだ。俺は後半かなりうんざりしていたが、きかれるたびに、ハルトの最新情報を洋輔に伝え続けた。洋輔は女の話をするときよりよほど熱心にそれをきく。本当にめんどくさいヤツらだ。
午前5時。まともに歩けなくなった洋輔に肩を貸しながら外に出ると、空はまだ暗かった。秋の風が冷たく吹きすぎていく。
「寒い。ここはアラスカか?」
「大げさだよ」
洋輔を何とかひとりで立たせようと苦心しながら、俺は的確につっこみを入れる。
「本当に寒い」
洋輔はブルブル震えながら右手で左手をさすった。
「なあオキ。あの頃、楽しかったなあ。おまえがベースで、ハルトがギターヴォーカルで、俺がドラムでさ。イカしたバンドだったよな。俺たち」
「そうだな」
「寒い」
洋輔はまた言った。左手をさすり続けている。
「痛むのか?」
俺はきいた。
「別に」
洋輔は短く応える。彼の左手は1年前の事故の時に、ほとんど握力をなくしていた。
ドラムスティックも満足に握れなくなった古傷だらけの左手を、洋輔は大事そうにさすり続けた。
>> 【ラブソング - noise Vol.04 - 後編】 に続く

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