3 シンくんとはじめて会ったのは、4月――雨の降る日の夜だった。 アタシにとって大事な出来事がある日は、なぜかよく雨が降る。この日も雨で、いま思えばオキに飲みに誘われたときからなにかの予感を感じてた気がする。 下北沢の、安いので有名な居酒屋に入ると、すぐにアタシを見つけたオキが手を振ってくれた。 オキは、いまはもうないBREATHのベースだったヤツで、同い年でアタシのバイト仲間でも...
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シンくんとはじめて会ったのは、4月――雨の降る日の夜だった。
アタシにとって大事な出来事がある日は、なぜかよく雨が降る。この日も雨で、いま思えばオキに飲みに誘われたときからなにかの予感を感じてた気がする。
下北沢の、安いので有名な居酒屋に入ると、すぐにアタシを見つけたオキが手を振ってくれた。
オキは、いまはもうないBREATHのベースだったヤツで、同い年でアタシのバイト仲間でもある。
男としては全然興味ないけど、結構アタシと気があって、おまけに面倒見がいいから結構頼りにしてるんだ。
「こいつ真太郎っていうんだ。俺の幼なじみ。――シン、この子がアヤだよ。俺のバイト仲間でBREATHのライブにもよくききに来てくれてたんだ」
オキはそうやってシンくんを紹介してくれた。
やばい。このヒト超好みのタイプ! 優しそうな下がり気味の目はすっごいまつげが長くて、見てるだけでとろけそうになるの。
ちょっと笑顔が頼りなさそうだったけどね。
「えへへ、よろしくね」
シンくんがそう言ったのをきいて、みるみるうちに自分の顔が真っ赤になってゆくのを感じた。
なんて声なの!? 甘くて、少しかすれてて、なのにとても透き通ってて。こんな声でアタシだけにささやかれたら、もう立ってられない!
キュンキュンしっぱなしのアタシは、それでもなんとかできるだけかわいく自己紹介しようとがんばった。
「アヤです。はじめまして♪」
語尾をあげるようにアイサツするアタシを、オキが気持ち悪そうに見てるけど相手にしない。
今日はガーリーにキメててよかったとか考えながら、ちゃっかりシンくんの隣に座って、やってきた店員さんに反射的に中ジョッキを注文する。しまった、もっとカワイイ飲みもの頼んだほうがよかったかな?
「ねえねえ、シンくんはなに飲んでるの?」
「んー、カシスオレンジだよ。あんまりお酒強くなくて――あ、電話だ。ちょっと待ってね」
「あ、うん」
「もしもしー。やだなぁ、わかるに決まってんじゃん。こないだは楽しかったねー♪」
「ちょっとオキ」
シンくんが電話に熱中してる間に、アタシはテーブル挟んで目の前にいるオキに対して身を乗り出した。ひそひそ声できく。
「ねえねえ、このヒトがどうかしたの? もしかしておまえら付き合っちゃえよ的な? やだー! だって会ったばかりだし、アタシそんなに軽くないし! ……でも、でもでもどうしてもってゆうなら考えなくもないかなー」
「シンとハルトと俺の3人で、バンド結成するんだ」
アタシの盛り上がってゆく気持ちを完全に無視してオキが言った。なによ、ちょっとは付き合ってくれてもいいじゃない! ……え?
「バンドー!?」
「そう」
アタシの驚きは「待ってました」な反応だったらしく、オキはすっかりごきげんな感じでうなずいた。
「新しいバンドさ。BREATHがあんな終わりかたして、俺たちをいちばん応援してくれてたおまえには、前からすげえすまないと思ってたんだ。だから、新しいバンドの結成が決まって、おまえには最初に知らせようってハルトと話し合ってさ。あと、シンを紹介しようって」
「そう、だったんだ……」
アタシは、ショージキとても複雑な気分になってしまった。
オキとハルトくんが新しいバンドをはじめてくれるのはうれしいけど。うれしいんだけどッ。
じゃあアタシの大好きだったBREATHは、やっぱりもう二度と復活しないんだ。
それって、とても悲しいことで、でもまたオキのベースやハルトくんのギターや素敵な歌声がきけると思うととてもうれしくて、なんかアタシの心の中はぐちゃぐちゃになっちゃって、気がついたら涙がこぼれ落ちてた。
「そうか、泣いて喜んでくれるか。イテッ」
うんうんと満足そうにうなずくオキのオトメ心のわからなさにムカついて、テーブルの下で足を蹴飛ばす。
「バカ!」
「えー、なんでそんなに怒ってんの?」
「まあまあふたりともケンカしないで。仲良くしようよ、ね?」
いつの間にか電話が終わっていたシンくんが、落ち着いたトーンの声で、険悪になりかけてたアタシとオキの間を取り持ってくれる。
そうそう、こんなシンくんの態度が、この日のアタシにとってはとても大人で落ち着いてるように見えたんだっけ。
いま思えば、このときシンくんはオキとアタシを心配してくれてたわけではなかったんだよね。ただこのヒトは、争いごとを目の前で見るのがヤなだけだったんだ。
徹底的な平和主義者の彼が怒るのを、アタシはこの日からいままでの間で、まだたったの一度しか見たことがない。
とにかく、そのときのシンくんの優しい言葉に感動したアタシは、シンくんが渡してくれたおしぼりで慎重に涙を拭いて、あと控えめに鼻をかみながら感謝の言葉を伝えたのだった。
「ありがどう、シンぐん」
ちょうど頼んでたビールが運ばれてきたので、とりあえず乾杯。高まった感情に後押しされたアタシが一息でジョッキの半分をあけるのを、シンくんがおもしろそうに見ていた。
シンくんはお酒がほとんど飲めないらしく、カシスオレンジをちびちびと飲んでいる。お酒が好きだったほうがよかったな。
と、ここでまたシンくんの携帯電話が鳴った。
「もしもしー。あ、ホントに電話くれたんだ、うれしいなー♪ えー、もちろんだよ――」
「ちょっとオキ」
シンくんがまたしても電話に熱中してる間に、アタシはオキに訴えた。
「このヒトって――シンくんってマジでアタシのタイプなんだけど? タイプすぎるんですけど。おまけに優しいんですけど!」
「おちつけ」
すっかりシンくんに食いついてしまっているアタシに、オキが冷静なアドバイスをしてくる。
「さっきも言ったように、残念だが今日は合コンじゃないんだ」
「あ、そうだった。新しいバンドを結成したんだよね。それはもちろんうれしいよ。でもさ!」
アタシの複雑な気持ちを伝えるのにためらいを感じて、どうしていいかわからずアタシはオキをじいっと見た。
視線に気づいてそわそわするオキに、少し満足する。
アタシがこうやってじっと見つめると、オキはいつも落ち着かなくなる。
別にオキがアタシを好きってわけじゃなくて。
オキが昔飼ってたイヌに、アタシの目がそっくりなんだって。「ハナコもそんな目をして俺を見てたなあ」って、ききようによってはとても失礼なセリフをオキがぼそりと言ったことがある。
そのとき超ムカついたので、以来アタシは嫌がらせみたいに、チャンスがあればこうやってオキをじっと見つめるようにしてるのだ。
「――そうだよな。おまえはBREATHをよく応援してくれてたもんな」
え? やだオキ泣いてる?
お酒のせいもあったのかもしれないけど、オキが若干涙ぐんでてドキッとした。
オキ、アタシの気持ちをわかってくれたのね……! アタシはうろたえながらも強がって言った。
「ま、まあ、わかってくれたらいいよッ」
「うう、ハナコ……」
パシーン! オキの頭をはたく。
「あんたまたアタシ見てイヌを思い出してたでしょ!」
「な、なんだよ、おまえがそうやって俺をじっと見るからだろうが! そういうの自業自得っていうの!」
「まあまあ、二人とも落ち着いて。ケンカはやめようよー」
「あ、ごめんねシンくん」
しまった。またシンくんの前でケンカしてしまった。後悔していると、またシンくんの携帯電話が鳴った。
「シズカちゃん? うん、大丈夫だよ。マジでー!?」
「ちょっとオキ」
またまた電話に熱中してきたシンくんを横目に、オキを呼ぶ。
「もうシンくんの前でアタシにケンカ売らないで――ていうか、さっきからの電話、みんな女の子からじゃない!?」
「やっと、気づいたか」
おしぼりで涙を拭きながらオキは続ける。
「実はあいつは、女が大好きなんだ」
「みたいだね」
「あと、俺はおまえにケンカ売ってるわけじゃねぇ。ただ、おまえを見てて愛犬ハナコを懐かしく思い出してしまっただけだ」
「それがケンカ売ってるってゆーの!」
シンくんにケンカしてると気づかれないように、ニコニコ笑いながら小声で訴えた。
無理矢理あげた口角がピクピクする。そうか、こうゆうのを、笑顔が引きつるってゆうんだね!
「ふたりともごめんねー。今日はやけに電話かかってくるなぁ」
さすがにマズイと思ったのか、シンくんが弁解しながら携帯電話の電源を切った。
アタシはため息をつく。
なんだかすごくガックリきそうになったけど、今日のアタシはこれくらいじゃへこたれない。
それくらい、新しいバンド結成の話は、アタシにとって大事件だったの。
「とにかくバンド結成おめでとう。もう活動してるの? 曲は新しいのを作るの? ライブはいつ? ねえ、バンドの名前はどうするの!?」
「まあちょっとまて」
質問してるうちに興奮してきたアタシをなだめてくるオキに、ブンブンと首をふる。
「だってだって!」
「もうすぐハルトのヤツがくるはずだからさ。詳しくはそれからだ」
「あ、ハルトくんもくるんだ。じゃあ待ってる♪」
ハルトくんが来るまでの間に、アタシは2回ビールのおかわりをした。
「やだ、アヤ酔っちゃったかもー」
とか言いながら、さりげなくシンくんの肩に頭をもたせかけてみる。
ビールを2杯飲んだくらいじゃ、ホントはあんまり酔ったりしないんだけどねー。
そんなことしてたら、ハルトくんがやってきた。
「ごめん遅くなって」
ハルトくんと会うのはアタシは2ヶ月ぶりくらいで、たったそれだけなのになぜかハルトくんは、とても懐かしそうにアタシを見た。
いまだったらわかる、ハルトくんはアタシを見て、リリを思い出したんだ。あの頃、アタシとリリはいつもいっしょだったから。
でもこのときは、ハルトくんがリリを好きだなんて知らなかったから、その懐かしそうなまなざしに、ただにっこり笑ってこたえたのだった。
「ハルトくん久しぶりだね。ねえねえ、さっきオキからきいたんだよ。バンド結成おめでとう」
「ありがとうアヤちゃん。オキと話し合ってさ。バンド結成の報告をいちばん最初にするのはアヤちゃんにしようって決めたんだ。アヤちゃんがいちばん、僕らを応援してくれてたから」
「ハルトくん……」
ハルトくんがたまにこんなことをゆうと、とてもキュンとする。普段ハルトくんはあんまり喋るほうじゃないし、なにを考えてるのか見えにくいところがあったから。
でも、たまに話す彼の言葉はいつもとても素敵で、アタシは彼の話す言葉が大好きだった。
あと、ハルトくんはBREATHのギター&ヴォーカルだったから。ライブのときの彼は普段の彼からは想像できないくらい激しくて、かっこよくて、アタシにとってハルトくんはカリスマ的存在だった。
アタシはiPodにもBREATHの曲を入れていて、どこに行ってもずっときいちゃうくらいBREATHの大ファンだったから、つまりはハルトくんの声をずっと聞いていたわけで、だからハルトくんの声をたまに聞くだけで「もう大好き!」ってなってしまう。
オキに言わせるとアタシは超惚れっぽいんだそうで、多少身に覚えもあったから、ハルトくんをホントに好きになっちゃわないように気をつけなきゃって思ってた。
そんなだったから、もしもハルトくんがアプローチしてきたりしたら、どこまでもついてっちゃったかもしれない。幸い(?)ハルトくんは、アタシに女の子としての興味は持たなかったみたいで、恋がはじまることはなく、アタシはBREATHの誰に対しても恋愛感情なんて持たずに、最後まで純粋なファンとして応援できたのだった。
そんなハルトくんに優しい言葉をかけられて、アタシの胸は高鳴る。
今日はなんて素敵な夜なんだろう!
さっきまで酔ったフリしてシンくんの肩に頭をもたせかけてたことなんてすっかり忘れて、アタシはハルトくんの優しい言葉に聞き入った。
「オキからはどこまで聞いた? ――うん、僕ら3人で、新しいバンドをやるんだ。BREATHはあんな形で解散になってしまったけれど、この3人でやり直そうと思ってる。オキがベースで、僕がリードギター。シンがサイドギター兼ヴォーカルだよ。バンド名は――」
「ちょっと待って」
ハルトくんの言葉に耳を疑った。
「ハルトくんが歌うんじゃないの?」
ハルトくんは静かにうなずいた。オキとシンくんは、なにも喋らず、アタシたちのやりとりをじっときいている。
「僕はサイドヴォーカルで、シン――彼が、新しいバンドのメインヴォーカルだ」
なんとなく、そんな気はしていた。シンくんの声を聞いたとき、アタシも感じたもの。この人の声すごいって。この人が歌ったら、どんな歌声になるんだろうって。
でも――洋輔がいなくなって、ヴォーカルがハルトくんでさえなくなってしまったら、そのバンドはもうあまりにもBREATHとは違いすぎる。
アタシは改めて感じずにはいられなかった。やっぱり、アタシの大好きだったBREATHは、もう二度と会えないんだ。
「ねえ、ドラムはどうするの?」
アタシは思い切ってきいた。いまのメンバーではドラムを叩くヒトがいない。洋輔の代わりがいない。その人に失礼だけど、新しいバンドにまだそんなに思い入れが生まれていないアタシには、どうしてもBREATHを軸にしか考えられなかった。
「ドラムパートは、毎回誰かに頼んでヘルプで叩いてもらう」
ハルトくんが、少し困った顔をして、けれどとてもきっぱりとそう言った。
「え、じゃあメンバーとしては入れないの? どうして?」
ってききながらも、なんとなく理由はわかっていた。
「いつか、洋輔が自分のもといた場所に戻りたいって思うかもしれない」
ハルトくんの返事はやっぱり予想通りで、アタシはカラダ中に鳥肌が立つのを感じた。感動して、泣きそうになりながら、それでもブンブンと首を振った。だって、だって!
「そんなの、だって……洋輔くんは、もうドラム叩けないカラダになっちゃったんだよ?」
「わかってるよ。最後に会ったとき、洋輔の左手の握力はほとんど戻ってなかった。あの調子じゃ、いまもスティックを持てるかどうかさえあやしい。なによりあいつ自身がもう諦めてる。ドラムはやめたって言葉も、僕とオキは、直接あいつの口から聞いたんだ」
「だったらもう――」
「だけどッ」
アタシが言いかけるのを、ハルトくんが遮る。こんなに感情を表に出したハルトくんをライブ以外で見たのってはじめてで、アタシは怖くて一瞬目を閉じた。
「――ごめん。僕は、僕らは思えないんだ。どうしても。あいつが」
ハルトくんの顔が苦しそうにゆがむ。
「洋輔が、あの洋輔がドラムをやめるわけがない。絶対に、あいつはいつかまたドラムを再開する――そして努力してきっとまた叩けるようになる。最初は叩けなくても、それでもいつか必ず元のように叩けるようになる。必ず。必ず! だったら僕たちのできることはひとつだけだ。だからオキと話し合って決めた」
「そうなんだよ」
オキが、ハルトくんが言い終わったタイミングで言葉を続ける。
「ハルトと俺で決めたんだ。ドラムメンバーは正式には入れないようにしようって。だけどいまの俺たちが洋輔抜きで再開しても、ただパワーダウンするだけだ。そんなバンドじゃ洋輔は振り向いてくれないんじゃないかってさ。やるなら、洋輔にこのバンドでドラム叩きてぇって思わせるようなバンドにしないとダメだろ。で、どうしようかって悩んでたとき、シンに目をつけたんだ」
オキが自慢げにシンくんの名前を呼ぶ。シンくんがふたりにそんなに期待されてるんだと知って、アタシははじめて見る気持ちでシンくんを見た。このヒト、そんなにスゴいんだ……!
「もともとこいつ、前からバンドやりたいって言ってたから、たまにギター教えたりしてたんだよ。俺もハルトほどじゃないにしろ少しは弾けるからさ。で、そんな中でこの前合コン……じゃない飲み会があったんだ。その2次会でカラオケ行って、シンが歌う番になって」
……いま、合コンって言わなかった?
「シンのやつ1次会ですでにモテモテ……っていうか人気者でさあ。なんだよみんなこんな優男タイプがいいのかよって眺めてたんだが、カラオケでシンが歌うのをきいて傍観者意識なんて吹っ飛んだよ。こいつの歌は、なんか違うんだ。こう魂をふるわせるっていうか、届くんだよ。ここにさ」
オキが、そう言って自分自身の胸をドンと叩く。
ていうかやっぱり合コンだよね? モテモテとか言ってるし!
「すごかったぞ。女の子たちみんな泣いてんの。それからはもう女子とシンを奪い合ってさ。あれも歌ってくれ、これも歌ってくれってリクエストしまくって、最終的に合コンなんてどうでもよくなって俺らでシンをくどいたんだ」
最終的に、アタシに合コンだったことを隠すのもめんどくさくなったらしい。普通にぶっちゃけだしたオキとは逆に、アタシのテンションは下がりきってた。
合コンってアタシ初耳なんだけど。オキはもっと硬派な男の子なんだって思ってたのにショック。しかもシンくんも行ってたんだぁ。しかも女の子にとってもモテてたんだ……じゃあ、もしかしてさっきの電話とかみんなそのときの女の子から? 別にいいんだけどッ。アタシも合コンくらい行くし別にいいんだけどッ。
「ちょっとオキ大げさだって! ハルト、なんとか言ってやってよ」
「いや、シンの歌はすごいよ。僕もあのとき、新しいバンドにはシンが必要だって確信した。カラオケであれほど感動できるなんて驚いたよ」
「ええー!」
アタシは驚きの声をあげた。じゃあハルトくんもその合コンに参加しての? 超ショック! 男って。男ってッ!
超ドン引きなアタシをほったらかしにして、3人はそのまま新しいバンドについて盛り上がりだした。
ちなみに合コンについては、あとで3人は人数あわせのために仕方なしに参加したんだってきかされた。でも、本当かなぁってアタシはいまだにうたがってる。ハルトくんはホントに人数あわせなんだって信じられるけど、オキはちょっとあやしいし、シンくんは下手したら幹事だったんじゃないかって思うくらい。
ただね、いまではアタシ、このときの合コンにとても感謝してるの。あの合コンがなかったら、いまのバンドはなかったのかもしれない。シンくんとも出会えていなかったのかもしれないって思うと、素直によかったって気持ちになる。ホントなんだからね!
最初は感動する話ばかりきかされて、新しいバンドを、音をきく前からとても好きになって、最後は合コンの話をきかされて3人をちょっとだけ嫌いになったという、とてもおかしな夜だったけど、とにかくこの夜がアタシと新しいバンド『noise』との出会いだったんだ。
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noise結成の話を聞いてから1ヶ月後の5月。3限目の授業が終わって、リリといっしょに学食に行って味噌煮込みうどん食べてたら、テーブルに置いてたケータイがひかりだした。
オキからのメールだった。初ライブのお知らせで、読んだ瞬間アタシは「やったぁ!」って叫んでた。
「アヤ、どうしたの?」
ハッ。いきなりテンションの上がったアタシを、リリが怪訝そうに見ている。
「な、なんでもないなんでもない」
ブンブン首振りながら、失敗したって思った。
noiseが結成されたことを、実はアタシはまだリリには話してなかった。
だってBREATHのメンバーだったオキとハルトくんが、洋輔抜きで新しくはじめたバンドなんて、リリにはとても言えないでしょ?
ていうか洋輔がらみの話は、リリには基本NGだから。
リリは洋輔と別れてから、ずっと元気がない。
たぶんハルトくんやオキとも、あの日以来会ってないし。
洋輔との別れからもう2ヶ月も経つのに。リリはまだ、ショックからぜんぜん立ち直れてなかった。
アタシがもし男にフラれようものなら、きっと怒りくるってワンワン泣いて、やけ酒して1週間もしたらたぶん次の恋に走ってる。
リリみたいにひとりの男にずっとこだわって、フラれても忘れられないで想い続けるって気持ちが、実はアタシにはさっぱり理解できなかった。
そんなアタシの気持ちに気づいてるのかはわかんなかったけど、なんとここでリリは、時々見せるカンの鋭さを発揮してきたのだった。
「もしかして、オキくんから?」
「ええ、なんでわかったの!?」
あまりのリリのエスパーぶりに、アタシはそう口走ってしまった。
「やっぱり。――きのう、ユウくんからメール来たの。6月5日にライブするから、よかったら来てって」
ユウくんっていうのはハルトくんのことね。ハルトくんは、フルネームを結城晴人(ゆうきはると)っていって、リリだけはどんな流れか知んないけどハルトくんを「ユウくん」って呼んでる。
自分だけの呼びかたって特別な感じしない? だからリリがユウくんって呼んでるのを聞いたときは、もしかしてリリはハルトくんを好きなのかなって思ってた。でもしばらくしてリリは洋輔とつきあいだしたから、アタシのカンチガイだったと納得してたんだけど。
「ハルトくんから。ふーん、そうなんだ」
アタシはわかった気がした。リリがハルトくんを好きだってゆうのは、やっぱりアタシのカンチガイで。
ハルトくんが、リリを好きなんだ。
ナイス、ハルトくん! アタシはここぞとばかりにテンションをまた高めて言った。
「ねッ、楽しみじゃない? アヤ、ワクワクしすぎて前の日は寝られないかも」
リリはきっと悩んでる。行こうかどうかって。
アタシは、リリはライブには行ったほうがいいって思う。
ハルトくんがリリを好きなんだったらなおさらよ。もう、洋輔なんて忘れちゃえばいいんだ。
「……わたしね、やっぱり行くのやめとこうかなって」
「ダメだよ! せっかくハルトくん誘ってくれたんだし行こうよ。アヤも行くし。ね、リリ!」
「う……ん」
「それに初ライブって1回しかないんだよ? 行かなかったらもったいないって」
うーん、説得するにしても、もっとうまく言えたらいいのに……。
あーあ、アタシの言葉って重みないな。
同じようにリリも感じたみたいで、けれどそれがかえってよかったのかも。「アヤがそこまでいうなら」って、リリは行くって言ってくれたの。
よかったー!
ハルトくん、これは貸しだからね。ちゃんと借りは返してね。
合コンに行ってたのも、リリには秘密にしておいてあげる。
だからお願い。リリを元気にしてあげて!
――あとになって、思い知らされた。
このときのアタシは、まるでわかってなかったんだね。
ごめんね。
あんたがそんなに追いつめられていたなんて、あの日まで、アタシぜんぜん気付いてあげられなかった。
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