タクミは五歳。夕方の保育園。タクミはいつものように、権三郎が迎えに来るのを待っていました。
山田タクミは五歳。
山田権三郎が五十歳の時にうっかりこしらえてしまった息子です。
夕方の保育園の一室で、タクミはいつものように、権三郎が迎えに来るのを待っていました。
待っているうちに居残り組は一人減り、二人減り、いつものメンバーが残ります。
「タクミ、あんたまたイノコリ組?」
「あ、シズカちゃん」
タクミに話しかけてきたのは、さくらぐみのシズカちゃんです。
「あんたによくにた、あのウダツのあがらないハゲおやじ、まだこないの?」
シズカちゃんは名前と違ってぜんぜん静かじゃないし、かなり口が悪いおしゃまな女の子です。
二人は門が見える窓の前に陣取り、そこで迎えを待つことにしました。
やがて、居残り組はタクミとシズカの二人だけになってしまいます。
「……ママ、おそいなー」
シズカちゃんがポツリと言いました。
『ママはね、病気なんだって』
前に、今日みたいにタクミとシズカちゃんが最後まで残っていたときに、園長先生がシズカちゃんにそう言った事がありました。
『びょうき?』
『うん――シズカちゃんの事をね、たまに忘れちゃう病気なんだって』
『シズカのこと、わすれちゃうの?』
『ちょっとの間だけね。だから、今日はパパが迎えに来てくれるからね』
『……もん』
『え? ――どうしたの?』
『ママ、シズカのことわすれないもん!』
シズカちゃんは大声で叫びました。大粒の涙をこぼしながら、叫びました。
『――シズカちゃん』
『わすれ、ない、もんッ!』
保育園の窓から眺める景色は、すっかり暗くなりました。
外灯の明かりに照らされた門が、淋しくたたずんでいます。
タクミとシズカちゃんは、もうなにもしゃべらず、ただじっと門を見つめていました。
それから、また少しの時間が流れました。
「あ、だれかきたよ!」
タクミが声をあげました。
「きっとママだ!」
シズカちゃんが顔を輝かせます。
「ちがう、とうちゃんだ!」
タクミの顔が笑顔でいっぱいになりました。
外灯の光を反射して輝くあのハゲ頭は、タクミにとっては見間違えようのないものでした。
「ごめんな、タクミ。今日も現場が長引いてなあ」
保育園の玄関で、権三郎はタクミが靴を履くのを手伝ってくれます。そうしながらすまなさそうに言いました。
「今日もスーパー寄って帰ろうな。焼き芋買ってやるからな」
「わーい!」
タクミは権三郎の腕にぶら下がるようにして保育園の玄関を出ました。
(とうちゃん、汗くさいや)
足はもっとくさいに違いありません。
けれど、タクミはその匂いが嫌いではありませんでした。
権三郎がこの匂いをしているときは、お金をたくさん持っていて、タクミの大好きな焼いもを買ってくれるからです。
「ぼく、おっきくなったらとうちゃんみたいになるんだ!」
「そうかい」
権三郎は目を細めました。
「――そうかい」
門をくぐるときに、タクミは保育園の方を振り向きました。明かりのついた窓から、シズカちゃんがこちらをじっと見ていました。
タクミは手を振ろうとして、やっぱりやめておきます。
シズカちゃんのママが、早く迎えにきたらいいな、と思いました。

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