タクミは五歳。お隣のお家で飼われているペットの犬、タロに、ある日タクミはイタズラしてやろうと思いつきました。
山田タクミは五歳。
山田権三郎が五十歳の時にうっかりこしらえてしまった息子です。
権三郎とタクミが暮らすボロアパートの隣には、いかにも庶民っぽい家が建っています。
核家族化が進む現代日本において、そのお家――佐藤家には、親子三代と犬が仲良く暮らしているのでした。
タクミにはおじいちゃんとおばあちゃんはいません。むしろ権三郎が、すでにおじいちゃんといっても違和感のない年齢でした。
お母さんもいません。権三郎がタクミに言うのには、どこか遠いところに行ってしまったんだそうです。
犬も飼っていないし、タクミには一緒に暮らす兄弟もいませんでした。
タクミの家族は権三郎一人だけでした。
そんなタクミにとって佐藤家は、まるで別世界のように遠い、お隣のお家でした。
その佐藤家の中で、タクミが唯一近いものに感じられる存在が、犬のタロでした。
その、かなり適当に名前をつけられた感のある、年老いた雑種犬は、実際いい加減に飼われているとしか思えない扱いを受けていました。
元は白いはずの長い毛は、薄汚れて茶色くなり、ところどころ絡みあってすごく不潔に見えます。
エサは一日一回、少量与えられ、散歩はおじいちゃんかおばあちゃんのどちらかの役目でしたが、たまに忘れられているようでした。
けれどタロは、佐藤家の人たちのことが大好きみたいで、家族の誰かの足音を聞いただけで、尻尾を振って「キュン、キュン」と鳴くのです。
けれど足音が犬小屋の前で止まることはめったになく、そんなタロのことをタクミは、大好きな家族に愛されていない、とてもかわいそうな犬だと思っていました。
ある日のことです。タクミは、あるいたずらを思いつき、実行に移します。
「タロ」
佐藤家の門の前にしゃがみこみ、タクミはタロの名前を呼びました。
「クーン」
名前を呼ばれて、タロは甘えるように鳴きます。
「こっちにおいで、タロ」
「クーン」
タロは自身をつないでいる綱が伸びきるまで、タロのことを呼ぶタクミに近づいていきました。
そのときです。
「わああ!!」
タクミはちっちゃな体をめいっぱい大きく見せ、大声を上げてタロを威嚇したのです。
「キャン!!」
臆病なタロは、文字通り飛び上がって驚きました。そして今までタクミが見たこともないようなスピードで、犬小屋に逃げ込みます。
「あははははは!」
いたずらが成功して、タクミは大喜びでした。
次の日、タクミが権三郎に連れられて幼稚園に行こうとしていると、佐藤家の様子がいつもと少し違いました。
タロの小屋の前に、一家全員が集まっているのです。
円を描くその隙間から、タロの横たわって動かない姿が見えました。
(タロ、死んじゃったんだ……)
ユキエお姉さんが泣いていました。ジロウお兄ちゃんがタロの体を揺すっています。
みんなとても悲しそうにしています。
昨日まで、いるかいないかわからないみたいだったのに。
それでもタロはやっぱり『カゾク』だったんだね。
みんなに囲まれ、穏やかな顔のタロは、なんだかお昼寝でもしているように見え、とても幸せそうでした。
タクミは権三郎の手を、ギュッと握りました。
うらやましいな。
そう思っている自分に気がついたタクミの、それは精一杯の強がりだったのかも知れません。

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